ボタン(メイヒヨ)

今日も朝食を済ませた後、情報を求めて外に出る。
すると、後ろからぱたぱたと誰かが駆けて来る足音が聞こえた。
振り返るのとほぼ同時ぐらいに彼女が俺の名前を呼んだ。

「陀宰くん!」
「瀬名、どうかしたのか?」

少し息の上がった瀬名を見て、俺を一生懸命追いかけてきてくれたんだと思うと胸が締め付けられた。

「さっき、立ち上がった時に気付いたんだけど陀宰くんの下のボタン、とれかかってる」
「え?」

言われるがまま服を見ると、確かに一番下のボタンがとれかかっていた。
気をつけているつもりだけど、やはり右側に関しては注意が疎かになっているようだ。

「全然気付かなかった。ありがとう、瀬名」
「ううん。それで良かったら私がつけようか?」
「え?」

思わず間抜けな声が出る。
目の前の瀬名は変わらずにこにこしていた。

「……頼んでもいいのか?」
「もちろん!じゃあ、一回戻ろうか」
「あ、ああ」

一人で歩いてきた道を、今度は瀬名と二人で歩く。
彼女の隣に並びたいと思っていたけれど、実際叶うと心が落ち着かない。
好きな子と二人でいるのに、気の利いた台詞の一つも口に出来ない自分に内心ため息をつきながら、俺たちの後ろをふよふよとついてくるバウンサーの存在に少しだけ救われた。
リビングに戻るともうみんな出払っていて、静まり返っていた。
ソファに腰掛け、瀬名が俺に手を差し出した。

「じゃあ陀宰くん、上脱いでもらっていい?」
「分かった」

カーディガンを脱いで、瀬名に手渡すとバウンサーが用意した針と糸を使って、瀬名は器用にボタンを縫い付けていく。
昔、授業で習った事はあったけど、俺はそんな風に上手にボタンをつける事が出来なかったのを良く覚えている。
だからまるで魔法をかけていくみたいな瀬名の手の動きに俺は感心してしまう。

「うまいな」
「手芸は得意なんだ。それに弟たちがしょっちゅうボタン取っちゃうからボタン付けは結構やるしね」

瀬名は弟妹の話をする時、一番やさしい顔をする。
その顔を見ていると、胸の奥に灯がともったような、なんだか優しい気持ちになるから不思議だ。

「はい、出来た」
「サンキュ」

カーディガンを受け取ると、ほんの僅かだけど甘い香りがする。
これはもしかして瀬名の…?
そう気付いた瞬間、顔が燃えるように熱くなった。

「陀宰くん、顔赤いけどどうかした?」
「あっ、いや…なんでも!」
「そう?それなら良いけど。じゃあ、そろそろ行こっか!」
「ああ。俺は少し部屋に戻ってから行くよ」
「そう?それじゃまた後でね」
「ああ。ありがとな、瀬名」

瀬名は満足げに笑うと、リビングを出て行った。
俺も用事はないが、瀬名に宣言したとおり、自室へ駆け込んだ。
ドアを閉めた後、俺はそれに背中を預けてずるずると座り込んだ。
手に持っているカーディガンをぎゅっと握り締め、思わずため息が零れる。

「瀬名の匂いがするのなんて、着れるわけないだろ……」

どうして同じシャンプーやボディソープを使っているはずなのに瀬名が良い香りなのかとかそういう事を意識してしまってもう駄目だ。

(瀬名……ごめん)

ただただ、熱くなった頬をごまかしたくて俺はカーディガンに顔を埋める。
そしてまた瀬名の名残を感じて、体温が上がる。
こんな姿、他の誰かに見られたら死ねる。
そう思いながら、俺は瀬名がつけてくれたボタンを指で何度もなぞった。

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