夏の終わり、いつも隣に。(響かな)

十六年間生きてきて、こんなに暑い夏は初めてだった。
真夏のうだるような暑さもようやく落ち着いた頃、私は屋上庭園で一人練習をしていた。

(といっても学園の中はいつも冷房がきいてるから暑いのか寒いのか分からなくなっちゃうんだけど)

それでも屋上庭園に差し込む日差しを感じるだけで気持ちが落ち着くから不思議だ。
しばらく一人で練習をしていると、屋上庭園のドアが開き、慌てた様子の七海くんが入ってきた。

「小日向先輩、こんなところにいたんですか」
「うん。今日は日差しが気持ち良いよ」
「ああ、それは良いですねー。じゃなくて!三時からミーティングです!」
「えっ!?」
「何度も携帯鳴らしたんですけど、先輩でなくて」

言われて見てみると七海くんから何件か着信が入っていた。
練習中は煩わしくて、音を切ってしまっていて、それで気付けなかったみたい。

「冥加部長が腕を組んで待ってます!」
「わぁ。それはいつもの事だけど…」

時間に厳しい冥加の事だからきっとお冠だ。全体ミーティングじゃなかったのがせめてもの救いというか。

「急ぎましょう!」
「そうだね」

慌てて七海くんからの着信履歴をざあっと確認しているとその中に幼なじみからの履歴を見つけた。

「あ…」
「先輩!行きますよ!」
「あ、うん!」

ポケットに携帯を仕舞い、ヴァイオリンを抱えて私は屋上庭園を後にした。
十分の遅刻をこれでもか!というくらい怒られた後、冥加とのミーティングはいつも通り滞りなく終わった。
時計を見るともう十七時近く、もう屋上庭園で連絡は難しいなと少し淋しい気持ちになりながら帰り支度を済ませた。
寮までの道を一人でとぼとぼと歩いていると、ポケットにいれてあった携帯が振動を始めた。

「もしもし」
『おう、かなで』

携帯から、響也の声がした。

『さっきも電話したんだけど、お前出ないからもう一回電話した』
「ごめんね。練習中だったから音切ってて気付かなかったの。それでミーティングにも遅れて怒られちゃった」
『お前な……携帯は着信に気付かないと意味ないだろ』
「うん、そうだね」

今までだったら私がどこにいても響也が見つけてくれた。
一緒に天音に転校してきてからも、昔と変わらず私を見つけてくれた。
離れて、初めて気付いた。響也がどれだけ大切な存在だったのか。
そうして、気付かされた。響也が好きだということに。

「ねえ、響也」
『ん?』

次の角を曲がれば寮が見えてくる。あ、今日の晩御飯は何にしようかな。全然考えてなかったけど、冷蔵庫に何残ってたかな。

「響也に会いたいな」
『―。』

うっかり零れた。晩御飯を何にするか考えていたはずなのに、どうして響也に会いたいという気持ちの方が零れてしまったのか自分でも分からない。

『んんっ…まあ、お前がそろそろそう言うと思って』

響也が咳払いをする。それとほぼ同時くらいに私の視界には見慣れた姿があった。

『晩飯、ラーメンでも食いにいかね?』

寮の前には響也がいた。

「響也!」

驚きと嬉しさが混ざり合ったみたいな声で名前を呼ぶ。
私は急いで響也の元へ駆けていくと、響也は得意げな顔をして笑った。

「どうして分かったの?」
「学校で残って練習できる時間、十七時までだろ」
「そっちじゃなくて…なんで私が響也に会いたいと思ってるの分かったの?」
「分かるに決まってんだろ。俺だってお前に会いたかったんだから」

平然と照れくさい言葉を言って、響也はくしゃりと私の頭を撫でた。

「…私はいつも響也に会いたいんですけど」
「いや、俺だって毎日会いたいに決まってんだろ」
「じゃあ毎日こうやって現れるもんじゃないの?なんで今日に限って現れるの?」
「だから!俺がそろそろかなでに会わないと限界だって頃に来てるんだよ!そもそも練習あるんだしさすがに毎日は無理だろ」
「……同じなんだ」

毎日響也に会いたいな、と考えていた。だって仕方ない事だ。今までずっと一緒だったんだから。
でも今は学校が離れ、私たちは今までのように当たり前に会う事が出来なくなった。
恋心を自覚したからなおさら響也が恋しくなる。私だけかと思ってたけど、違ったみたい。

「当たり前だろ。第一俺はお前よりもずっと……」
「ずっと?」
「……好きだったんだからな。彼女になったんだから余計会いたいに決まってんだろ」

そうだ。今の私たちは幼なじみというだけじゃない。
幼なじみだし、彼氏彼女の関係なんだ。

「えへへ」

少し照れくさくて、思わず笑ってしまう。

「笑ってんなよ。ほら、ラーメン食いに行くぞ」

響也の耳が赤いと気付いた時には、私の手は響也に握られてしまっていて、私の頬もじわじわと熱くなっていく。

「ねえ、響也」
「ん?」
「なんでもない」
「なんだ、それ」

隣にいる事が当たり前じゃなくなっても、やっぱり私の隣にいるのは響也で。響也の隣にいるのは私。

「特別だから今日はチャーシュー一枚あげちゃう」
「なんだよ、気前いいな」

もうすぐ夏も終わる。
新しい季節が来ても、変わらず私の隣にいてほしいのは響也だけなんだ。

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