私と貴方の距離(エイフラ)

あの軽薄な男を見かけた。
その隣には見慣れない女性―多分、狼の一族だろう、が立っていた。
二人の距離は友人とは言いがたく、どちらかといえば恋仲の男女の距離だろうと恋をした事がない私にも分かってしまった。

(本当に軽薄な男……お兄様の友人じゃなければ付き合う事なんてなかったわ)

エイプリルが立っている場所は私が行きたいお店のすぐ傍だ。
迂回して行こうかと思ったが、なんでエイプリルのせいで私が遠回りをしなければいけないのかと考えたら少し苛立った。
だから私は気にしない顔を作って、その道を通る。
視線は決してあの男にはやらない。だけど、視界の片隅で、あの男が私を捉えたことに気付いてしまった。

「やあ、フランシスカ」

何事もない声で、私の名前を呼んだ。
私はその声に気付かないふりをして通り過ぎた。
追ってくる気配はない。
当然の事だろう。あの男が私を追いかけてくる理由なんてどこにもない。

目的の店に逃げるように入ったが、自分が何を買いに来たのか一瞬頭から飛んでしまう。
ああ、そうだった。
アリアが編み物をしたいというから一緒にするために糸を買いに来たんだった。
気を取り直して、店内に飾られている糸たちを物色していく。
空のように綺麗な水色の糸が欲しいけど、なかなか見つからなくて。
仕方ないから桃色の糸と、朱色の糸を選んだ。
買い物を終え、店の外に出てすぐさっきの場所に視線を遣る。
エイプリルの姿は消えていて、ほっと息を吐いた。

「やあ、フランシスカ。偶然だな」

「……!」

さっきの場所にはいなかったけど、エイプリルは店の入り口の横にもたれるようにして立っていた。
軽薄な笑みを浮かべて、私を見下ろしていた。

「待ち伏せなんて悪趣味ね」

「おや、偶然だったんだけどな。
でも、待ち伏せだと思うのであれば、君はさっきの呼びかけに気付いていたんだろう?無視をするなんて悪趣味だな」

かちんとする物言いで返され、私はエイプリルを睨みつける。

「私に何か用でもあるの?さっさと先ほどの女性を追いかけた方が良いのでは?
貴方みたいな軽薄な男を相手にしてくれる女性なんてなかなかいないんじゃないかしら」

まくしたてるように言葉を吐くと、エイプリルの表情がなぜか緩んだ。

「生憎、意中の女性がつれなくてね。それ以外の女性には興味がないんだよ」

「あっそう」

さっきまで他の女性といたくせに何を言っているんだかと内心呆れつつ、私は歩き出した。
なぜかエイプリルも私の隣を歩く。

「どうしてついてくるの」

「オルガに用事があるということにしよう」

「今、お兄様は外出しているわ」

「ふむ。それは困ったな」

「ええ、また今度お兄様がいる時に来ればいいわ。ごきげんよう」

会話を終わらせ、さっさと屋敷に帰ろうとすると、突然エイプリルが私の手を取った。

「君が家に戻るまでの時間くらい、私にくれてもいいだろう?」

エイプリルの手が妙に熱くて、その熱が私に伝染したみたいに頬が熱くなる。

「貴方って本当に軽薄ね」

「意外と一途な面もあるということを君は知っているんじゃないのかな」

「さあ、知らないわ」

私には本当に分からないもの。
この軽薄な男が、私をどう思っているのかなんて。
想いははっきりと言葉にしないと伝わらないのよ!とアリアが言っていたが、その通りなのかもしれない。

でも、もしも素直にエイプリルが想いを口にしたとしたら?
私は、それになんて答えるの?

「貴方の手って……見かけによらず温かいのね」

「見かけによらずって…君の手は少し冷えているからちょうどいいだろう」

「……ええ、そうね」

素直になれない私と貴方には、これくらいの距離がちょうどいいの。
手が触れ合う距離、それ以上は近づいてはいけない。
恋仲の距離には、なれない。
だけど、友人の距離よりは近くにいたい。
この気持ちを、なんといえばいいのか。まだ知りたくない。

私はそっとエイプリルの手を握り返す。

軽薄な男が純情な男のように頬を染めたことには気付く余裕はまだなかった。

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