私が本丸に来て少し経ったある日、やってきた小狐丸。
短刀たちに紛れて一緒に遊ぶ姿を縁側からぼんやりと眺めていると、視線に気付いたのか、小狐丸がこちらを向いた。
輪から抜けると、小狐丸は私の隣にそっと腰掛けた。
「ぬしさま、どうかされましたか?」
「小狐ちゃん、おっきいなぁって」
「そうでしょうか。いや、そうですね」
「大きいけれど、小狐丸なんでしょ?」
「そうです、よく覚えててくださいました」
インパクトのある登場だったから忘れられない。
「いや、ずっと短刀たちばっかり来てくれてたある日、おっきい狐さんが現れて小狐丸なんて名乗るから」
「遠慮ですよ」
「あんまり遠慮ばっかりしてたら駄目なんだよ。
遠慮してると欲しいものも手に入らないんだから」
「ぬしさまが欲しいものとは?」
「昔欲しかったのは有休かな」
「ゆうきゅう…?」
小狐丸は聞き慣れない単語に小首をかしげる。そういう所作がいちいち可愛く見えて、小狐丸という名前が似合っているなぁなんて考えてしまう。
「昔欲しかったものはさておいて、それでは今欲しいものは?」
「今…うーん、そうだなぁ」
目の前に広がる光景にもう一度目をやる。
今は楽しげに駆け回っている短刀たちも一度戦いになれば、目付きが変わる。
私が命じて、彼らは戦いに出る。そう、分かっていても。
出来るならいつまでも楽しそうに皆で遊んでいてほしい。
なんて身勝手な願いが浮かんだ。
「小狐ちゃんは?」
「私は…そうですねぇ」
紅い瞳が、私を見つめる。
小狐丸の紅より綺麗な色を、私は知らない。
「美味しいおいなりさんでしょうか」
小狐丸の言葉にほっと気が緩む。
「やっぱり狐さんだねぇ。じゃあお昼はおいなりさんにしよう」
「それは良いことです。ぬしさまはよく分かってらっしゃる」
「ん。よくわかってる」
戦わなければ、平穏なんてなくなってしまう事も。
でも、出来る限り皆に笑顔でいて欲しい気持ちも捨てられない。
だから自分が出来る限りの努力は惜しんではいけないことも。
「美味しいおいなりさん作るね」
「楽しみにしています」
耳なのか、髪の毛なのか未だに分からない小狐丸の耳(?)にそっと触れる。
後でブラッシングをしてあげよう。
大きいけれど、私の可愛い小狐ちゃん。
考えている事が伝わったのか、小狐丸は優しげに微笑んだ。