幸せな暑い日(土岐かな)

「あっついわー」
高校生活最後の夏の大会も終わったある日。部室のソファで寝そべっていると何度目かのため息をつく。

今年の夏は暑さが厳しい。
八月下旬になっても、真夏のような暑さを維持していて、エアコンのない場所で生活するなんて考えられないというのに、運悪く部室のエアコンが壊れてしまった。芹沢が「今日の午後には修理に来てくれるそうですから我慢してください」と冷たい言葉を投げ掛け、自分はエアコンの効いた会議室でなにやら打ち合わせをしてくると言って出ていってしまった。

「なぁ、小日向ちゃん。暑くない?」
「暑いですけど、もう少しの辛抱ですし」
部室にいた小日向ちゃんに言葉を投げ掛ければパタパタと手で自分を扇ぎながら苦笑いされる。

「そうだ、土岐さん。髪しばったら涼しくなるかもしれませんよ」
「そこまで変わらへんよ…」
「やってみないと分かりませんよ」
小日向ちゃんはたまに強引だ。
普段はふわふわとした子が、突然押しが強くなるのは実は割とドキリとする。
小日向ちゃんはソファに寝そべってる俺を座らせ、背後に回るとブラシを使って、髪をとかしはじめた。
人に髪をとかしてもらうってなんだかくすぐったい。それが好きな相手なら尚更。
「土岐さんの髪、サラサラですね」
「そう?」
「羨ましいくらい。いえ、本音を言うと私は少しくせっ毛なので、大分羨ましいです。」
「ほな、今度行ってる美容院連れてってあげるわ」
「えっ…それは…ぜひ」
「ん、了解」
髪をとかし終わると、次に小日向ちゃんの手で俺の髪をまとめ、ゴムかなにかでひとつにまとめてくれた。
「ありがとう。気持ち、涼しくなったわ」
「そんなにすぐ効果現れます?」
「気分や気分」
小日向ちゃんが自分のためになにかしてくれるだけで涼しくなれと願えば涼しくなるのだ。そんなものだ。
結んでくれた部分にそっと触れてみると、飾り気のないゴムでまとめてくれたのかとおもいきや、なにやらほわほわとした手触り。
「小日向ちゃん、これは?」
「ゴムかなかったので、シュシュです」
「…ま、ええか」
彼女の頭についてるのと同じものだったら面白い。きっと芹沢がそれを見たらうんざりとした表情をするんだろうと考えるだけで愉快だ。
「早く午後になれば良いですね」
ぱたぱたとぬるい風を送るように彼女の手が俺の前で揺れる。
「さっきまではそう思ってたけど…今はもうちょいこのままでもええかな」
小日向ちゃんの手を掴む。
この手はうちわの代わりになるためじゃなくて、ヴァイオリンを弾くためにあるのに。なんて贅沢な真似をさせてるんだ。
「それよりも手で仰いでくれるよりも、小日向ちゃんのひんやりした手で触れてくれる方がずっとええわ」
「…! それは恥ずかしいのでちょっと…」
気温のせいじゃないだろう、彼女の頬が赤らんだのは。
こんな暑くてうっとおしい日を幸せに変えてくれるのだ、小日向かなでという子は。
もう少しだけ夏が続けば良いと願いながら、小日向ちゃんの手にそっと指を絡めた。
手は、振り払われることはなかった。

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