たまには、そんな日も悪くない(暁七)

体が頑丈なのがとりえだと思うくらい、俺の体は健康だ。

「くしゅん!!」

そんな俺が珍しく風邪をひいてしまった。
職場である料理屋では従業員やお客さんの間で風邪が流行っていることは分かっていたのに。不覚だ。

「暁人…大丈夫?」

七海が心配そうに俺の顔を覗きこむ。

「ああ、寝てれば治る…だから、お前は今日この部屋に近づくな」

あまり近くにいては風邪がうつるかもしれない。
そう思って、七海に離れるよう言っているのだが、七海は不服そうな顔をして俺の額のタオルを取り替えていた。

「七海……」

「暁人が思ってるより、私はずっと頑丈」「わかった…お前が頑丈なのは、分かったから…
少し眠るから部屋を出ていてくれないか?」こう言えば七海は頷くしかないだろうという言い方をする。
すると七海はさっきと変わらず不服そうだが、こくりと頷いて洗面器を持って部屋を出て行った。
後ろ姿を見送り、俺は一旦目を閉じる。子どもの頃―
まだ千里の傍にいた頃。
体の弱かった千里は度々体調を崩して寝込む事が多かった。
俺はそんな千里を励まそうと、大した食材もない中懸命に料理をした。
初めて作ったクッキーはとても不味くて千里には食べさせられなかったっけ。
苦しそうに顔を歪める千里の手を懸命に握ったのがついこないだのように感じるのに、気付けば千里は大人になり、好きな女と二人で生活するほどになった。
兄としては嬉しいけど、少しだけ淋しい。
そんな事を考えるのは、珍しく風邪をひいて弱っているからだろうか。(らしくねぇな)なんだかいたたまれなくなって、寝返りをうつ。
何度かそうしているうちに気付けば俺は眠りに落ちていった。物音がして、俺は目を覚ます。
ぼんやりとした視界で、七海が心配そうな顔をしていることだけはすぐに分かった。「暁人、うなされてた」「…ああ、そうか」左手にひんやりとした感覚。
視線を下げれば、七海が俺の手を両手で握ってくれていた。「大丈夫だ、そんな顔するな」「…うん」七海の手を握り返すと、部屋に漂う優しい香りに気付いた。「お薬も飲まないといけないから、おかゆ作ったの。食べれる?」「ああ、ありがとう」一人用の土鍋の蓋を取ると、そこには薬草の入ったおかゆがおいしそうな湯気をたてていた。
七海が器によそってくれている間に俺はゆっくりと起き上がる。
少し世界が回転するような感覚はあるが、さっきよりは体調は良さそうだ。「暁人、はい」「ああ…って、なんだ。それ」七海はれんげにかゆを一口分取ると、俺の前に差し出してくる。「暁人、あーん」「…っ、」風邪を引いてるときに、熱が上がりそうなことをするのはやめてほしい。
俺がどうすべきか困った顔をしていると、七海は催促するみたいにもう一度「あーん」と言って、俺の口元にれんげを近づけてきた。「あ…あーん」俺は恥ずかしさを押し殺して、口を開けた。
七海は嬉しそうに俺へ食べさせる。
薬草の風味がアクセントになっていて熱で味覚が鈍っているのをさしひいても、美味いおかゆだ。
船にいた頃、隙あらばなんにでも薬草をいれて料理をめちゃくちゃにしていた人物が作ったとは思えない出来栄えだ。
七海が頑張って料理を覚えた証だ。「うまい」「本当?よかった」素直に言葉にすると、七海は安心したように顔をほころばせた。「だからもう自分で…」「駄目。風邪をひいてる時には無理をしちゃいけない」「…」「はい、暁人。あーん」そう言って、七海は最後の一口まで俺に食べさせ続けた。おかゆを無事に食べ終わり、風邪薬を飲んだ俺はもう一度布団に横になった。「暁人」「うん?」「暁人が眠るまで、こうしててもいい?」七海はそっと俺の手を握った。
熱のせいか、いつもより冷たく感じる七海の手。
俺の、愛おしい人の手だ。「ああ…。握っててくれ」「…うん!」風邪なんて滅多にひかなかった俺が風邪をひいたのは、気持ちが緩むようになったからかもしれない。
小さい頃から、今に至るまで俺は生きる事に必死だった。
ひたすら気持ちを張り続けた十数年。風邪が入る余地もなかったんだろう。
それが今、七海と二人で暮らすようになってようやく俺の気持ちが緩む瞬間ができたのかもしれない。俺の手を握る七海を見て、ああ幸せだな。
俺はそんな事を考えながら、たまには風邪をひくのも悪くないなんて思った。

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