はじめてのお弁当(文花)

文若さんの眉間には深い深い皺が刻まれる。
それは主に孟徳さんを相手にしている時だ。

(ああ、今日も…)

「丞相、この書簡に目を通していただけますか」

「いやー、さっきから目を酷使してばっかりだから疲れてきちゃったなー。
花ちゃん、ちょっとお茶でも飲んで一息…」

「丞相」

いつもの調子の孟徳さんに、いつも通りの文若さん。
孟徳さんもよく、文若さんの眉間の皺についてはツッコミを入れているが、それを改善するような行動をとってくれるわけもなく…

私は手鏡を前に、眉間に皺が寄るように力を入れてみる。

(こ、これは…)

思っているよりも眉を寄せるために力が必要だ。
それにこの状態を維持するというのは、なかなか大変だ。

「花?どうかしたのか」

「わあ!」

突然後ろから声をかけられ、思わず変な声が出てしまう。
慌てて振り返ると文若さんが不思議そうに私を見ていた。
眉間の皺は、ない。

「ぶ、文若さん。ちょっと顔に墨がついた気がして」

「特についていないようだが」

「そうみたいです!私の勘違いでした!」

手鏡を邪魔にならない位置に置き、私は何事もなかったように書簡の整理の続きに戻った。

時折文若さんの様子を盗み見ると、仕事中私の想像以上に眉間に皺が寄っている事が多いことに気付いた。
私と話している時はほとんど眉間に皺が寄っていないから気付かなかった。
仕事の時は気持ちが張るのも仕方ない。
私だって大事な書簡を扱うから、肩に変な力が入り、仕事が終わる頃には痛くなっている事もしばしばあるくらいだ。
眉間の皺をなくすためにも、文若さんに気が緩む時間を作りたい。
でもどうやって?
腕を組んで、室内をうろうろしていると廊下の方から良い香りがしてきた。

「そうだ!」

名案を思いついた私はイメージを図にするべく、いらない紙を手にとり、はりきって筆を握った。

 

 

 

想像するだけなら簡単だ。
それを実現するには、努力と鍛錬が必要なのだという事を私は身をもって知った。
生焼けの魚。不揃いに切られた野菜たち。
一時的に記憶を失った文若さんにこれでもか!というくらいダメだしされた私の料理。
あれ以来、ひっそりと練習を積み重ねている事を文若さんは知らない…はず。

今日は何度も何度も時間を確認してしまう。
落ち着かない様子の私に文若さんは首をかしげるが、一度「どうかしたのか?」と尋ねて以降は何も聞かなくなった。

(よし、そろそろいいだろう)

私は席を立ち、文若さんの傍に移動した。

「あの、文若さん」

呼びかけると、文若さんは顔をあげてくれた。

「一緒にお昼、食べませんか?」

「すまないがこの書簡を片付けてしまわなければならないんだ。
先に休憩をとってくれ」

これはいつものやりとり。
時間に余裕がある時以外、一緒にお昼を食べる事もできない。
仕事だから仕方ないと思っていつもなら諦めていたけど今日の私はちょっと違う。

「お、お弁当…!作ってきたんですっ!」

意を決して、伝えると文若さんは驚いたように目を見開いた。
それから咳払いをし、書簡に視線を戻す。

「すぐ終わらせるから、待っていてくれるか?」

そう言った文若さんの耳は赤くなっていた。

「…はい!」

文若さんの手が空くのを待ちながら、私はお茶の用意をする。
湯のみに温かいお茶が入った頃、文若さんが席を立った。

「待たせたな」

「いいえ」

机の上にお弁当箱と煎れたばかりのお茶を置く。
私たちはいつもの席に座った。

「開けていいのか?」

「はい、どうぞ」

「では…」

文若さんが少し緊張した面持ちでお弁当箱の蓋を開けた。
私もその様子をドキドキしながら見守る。

「…これは?」

「これはキャラ弁です!」

文若さんが開けたお弁当にはご飯の上にスクランブルエッグにした卵をしきつめ、海苔で目、茹でたニンジンでくちばしを作ったひよこがいた。
それ以外も、できる限り可愛らしく見えるように、おかずをちりばめた。
私にしては、上出来な仕上がりだ…と思う

「この黄色い物体は…」

「ひよこです」

「ひよこ…」

「あと、それはうさぎさんの形にきった林檎です」

尋ねられるまま、私は一つ一つ何を作ったか説明する。
文若さんはしげしげとお弁当を見つめるばかりで一向に手をつけようとしない。

「あの、文若さん?食べないんですか?」

「あ、ああ…。花が初めて作ってくれた昼食だと思うと食べてしまうのが勿体無いな…」

文若さんはふわりと微笑んだ。
私はその笑顔に安堵する。

「食べてくれないと作った意味ないですよ」

「ああ、そうだな。それではいただくとしよう」

文若さんはようやくお弁当…まずはひよこの隅から食べる事にしたらしく、ごはんと卵を口に運んだ。

「どうですか?」

「以前より腕を上げたな」

一口食べただけで、文若さんはそう言ってくれた。

「よかった」

安心したので、私もお弁当を食べることにする。
味見はしていたが、今日は特にうまくいった気がする。
ちょっと甘めの卵だけど、卵の下に鶏そぼろを敷いたので、ちょうど良い加減になっている。

「どうして急に食事を用意しようと思ったんだ?」

お茶を一口飲んで、文若さんが尋ねてくる。
仕事中にはほとんど見る事ができない優しい顔だ。

「文若さんの眉間のためです」

「…どういうことだ」

「眉間に皺を寄せてるのって、凄く疲れちゃうなって…
それを朝から夜までずーっとだと、文若さんの眉間大変な事になると思いまして」

ほっと一息つく時間を作りたいと思った。
私が文若さんにできることはそれくらいだと思ったから。
私はそう伝えると、文若さんは左手を私に伸ばし、そっと手を握ってくれた。

「ありがとう、花」

文若さんの手は温かい。
触れ合う指先から伝わる温度が、文若さんみたいに優しくて私は笑みを零した。

「大好きな文若さんのために何かできるなら、私はなんだって嬉しいです」

ずっと眉間の皺ができないようにすることはできないけど、少しの時間でも心休まれば嬉しい。

 

大好きな人のために用意したお弁当は、その日の午後いっぱい大好きな人の眉間の皺をどこかへやってくれた。
孟徳さんも不思議そうに文若さんを見つめ、「ねえ、花ちゃん。文若、どうかしたのかな?」とこそっと尋ねてきたが、私は微笑んで「秘密です」とだけ答えた。

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