冬のはじまり(天いづ)

冬の朝と夜はとても冷える。
吐く息が白いのをみて、より一層寒く感じた。
昼間は太陽に照らされて、暖かい時間もあるが出歩く時間は朝と夜だ。

「天馬くん、風邪には気をつけてくださいね。今、先日ロケで一緒だった方も高熱出してるらしいですよ」

仕事が終わり、寮まで井川の運転で帰宅する。
ぼんやりと窓の外の景色を眺めていると、井川がバックミラー越しに俺を見て、心配げに口を開く。

「大丈夫だ。風邪予防対策はしてる」

何年この業界にいるか分かっているくせに、井川は俺の体調面を過剰に心配する。
外出から帰ったらうがい手洗いを欠かさずすること。
俺が子どもの時から井川はその事を口を酸っぱくして聞かせていた。
その甲斐あって、俺はうがい手洗いは徹底してやる習慣がつき、その姿を見た幸は「へぇ、ポンコツ役者なのにちゃんとしてんじゃん」と言って、それ以降夏組はうがい手洗いを欠かさずにするようになった。
そんなわけで日頃から気をつけているんだから心配するな、と井川に訴えるが伝わっているのかは定かではない。

俺が子どもの頃、井川は家に迎えにくると必ず首にぐるぐるとマフラーを巻いた。
うがい手洗い以外にもこうやって暖かくして風邪を予防するんです、と自分の親が教えてくれないようなことを井川は教えてくれた。

 

寮の前に着くと、井川が車を停めた。

「それじゃあ天馬くん、お疲れ様」

「ああ。井川もお疲れ」

いつも通りのやりとりを交わし、俺は車を降りて寮の玄関へ向かう。
ああ、やっぱり吐く息が白い。
玄関のドアに手をかけると、庭の方から話し声が聞こえてきた。
こんな時間に外で誰が何をしてるんだろうと急に気になり、そちらへ向かうことにした。

「何やってんだ?」

庭にいたのは監督と三角だった。

「天馬くん、お帰り!」

「てんま、おかえり~」

二人が見上げている木の傍に俺も近づいていくと、猫の鳴き声が小さく聞こえた。

「ここに猫がいるから、寒くて風邪ひかないかって三角くんが心配してたから一緒に様子見にきてたの」

「ふうん」

監督と三角の格好は防寒なんて気にしていない部屋の中でくつろぐ格好そのままだった。そんな格好で冬の夜、外に出てたら風邪をひくのはお前たちの方だろうと…。だけど、二人の猫を気遣う姿を前にそんな事は言えなかった。

「にゃー!にゃーにゃー!」

「にゃーにゃー」

三角が猫となにやらやりとりを交わすと、安心したように表情を緩めた。

「猫さんたち、大丈夫だって~。カントクさん、付き合ってくれてありがとー」

「ううん、良かった!」

監督は三角の言葉に嬉しそうに返す。
しかし、次の瞬間ー

「くちゅんっ!」

盛大だけど、女性らしい可愛らしいくしゃみが響く。

「そんな薄着で外出るからだ」

「あはは、うっかりしちゃった」

監督はくしゃみが恥ずかしかったのか、照れくさそうに笑うと両腕をさすった。
見ていられなくて、俺は自分の首に巻いていたマフラーを外すと、監督の首に乱暴に巻きつけた。
子どもの時、井川がしてくれたように優しく巻くことは、気恥ずかしくてできなかった。

「わっ…天馬くん?」

「アンタが風邪でもひいたら困るだろ」

「でも天馬くんが寒いでしょ?」

「そんな心配するなら早く寮の中入るぞ。あと、三角も今度から夜外出るときは上着を着ろ。風邪引いたらどうすんだ」

「うん、わかった~!」

三角は「てんま心配かけてごめんね~」と言って、くるりと反転した。
寮に戻る気になったようだ。

「よし。監督もだからな」

「うん、分かりました」

三人で寮の中へ入る。
暖かい空気にほっと声が漏れた。

「天馬くん、ありがとう。これ」

「ん」

ついさっき巻いてやったマフラーを、監督は外して俺に手渡した。
受け取ったマフラーは少しの間巻いただけなのに、自分とは違う香りのするマフラーにちょっと胸が騒いだ。

「てんま~、うがい手洗いしよ~!」

「あ、ああ!そうだな!ほら、監督もするぞ!」

「はーい!なんだか今日の天馬くんはお母さんみたいだね」

監督は無邪気に笑ってそんな事を言う。
その表情が可愛くて、頬が熱くなるのを感じて視線を逸らした。

「天馬くん、顔赤いけど、もしかして風邪?」

お約束みたいなセリフを監督は本気で言う。

「そんなわけあるか!いいから手洗いうがいするぞ!」

熱くなった頬を誤魔化すように、俺は先に洗面台に向かった三角の背中を追いかけた。

 

寒い冬の始まりー
井川との子どもの時の思い出と、監督との新しい思い出。
どちらも小さな日常の一コマだけど、とても愛おしく感じた。

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