かなでちゃんとお昼ごはん~響也編~

食は体の資本だと祖父は幼い私によく話していた。
ヴァイオリン作りを始めると雨が降ろうが槍が降ろうが作業の手を止めないのだと祖母は笑っていた。
そんな祖父の体を支えていたのは、祖母が作る美味しい食事なのだと今の私にはようやく分かるようになった。

「今日は…何にしようかなぁ」

早起きした朝、寮の冷蔵庫を開いて食材の確認をする。
卵、ひき肉、ほうれん草がある事を確認すると、本日の献立が決まった。

「よし、決めたっ」

最初にほうれん草を洗い、根の部分を切り落とす。それをラップに包んでレンジに入れる。
レンジが動いている間に、フライパンに油を少しひき、熱している間にスライスしておいた生姜をみじん切りにする。温まった頃合にひき肉としょうがのみじん切りを投入し、塩を軽く振ってヘラで炒める。
ひき肉としょうがを炒めてるだけなのに、これだけで美味しそうな香りがしてくる。お肉に火が通って色が変わってきたところに砂糖、しょうゆ、みりんを入れて味付けする。味見をして、いつも通りの味付けに仕上がった事に満足するとフライパンからお皿に移して、次の作業に取り掛かる。
卵を二個ボウルに割り、砂糖と塩を入れてかき混ぜて、軽く味見。
ちょっと甘めに仕上げるのが小日向流。
さっき使ったフライパンをささっと洗い、もう一度油をひいて火にかける。
フライパンはいくつかあるんだけど、洗い物を増やしたくないから都度洗ってしまう。効率はあまり良くないことは自分でも分かっているけど、変える事が出来ない。
菜ばしにちょっとだけ卵液をつけて、フライパンに落とす。
じゅっと音がしたのを確認して、一気に卵液を流し込んで、菜ばしでせっせとかきまぜる。卵がぽろぽろになってくるまで炒って出来上がり。
あとは最初にレンジに入れていたほうれん草を回収して、水にさらす。
さっとさらした後、ぎゅっぎゅっと水を絞り、三等分くらいの大きさに切る。
それをボウルに入れて、しょうゆと砂糖、塩、ごま油で味付けする。

「ごま油って美味しそうな香りするよね…」

ごま油はあまり安い調味料ではない。だけど、ごま油を一滴垂らすだけで劇的に美味しくなる事もあるから惜しまず使ってしまう。
後はお弁当箱にご飯をつめ、先ほど作ったものをご飯の上に乗せれば出来上がり。

「よし、そぼろご飯の出来上がり!」

盛り付けも綺麗に出来たし、誰もいないけど得意げに胸を張ってしまった。

「お弁当を二個…か。君は一体誰とこのそぼろご飯を食べるんだろうね」

「ニ、ニア!」

誰もいないと思っていたのに、いつの間にかニアが後ろに立っていて、お弁当を見て微笑んだ。

「確か…君の幼なじみはそぼろご飯が好物だったかな?」

「響也はおなかが膨れて、お肉が入っていればなんでも好きだよ」

「じゃあそれは最適だね」

私をからかうような笑みを浮かべると、ニアは冷蔵庫から牛乳を取り出してグラスに注いだ。

「朝ごはん、それだけ?」

「朝は食欲がなくて、いつもこうしているんだ」

「体、持たないよ」

「おや、私の心配までしてくれるんだね。ありがとう」

だけど朝食は不要だと言って、ニアは立ち去ってしまった。

「…授業中、おなか鳴らないのかな」

朝ご飯を抜いたら、間違いなく授業中や練習中におなかが鳴ってしまう。
私の体は三食(プラスおやつ)を食べないと満足しないように出来上がってしまっているのだ。

「さ、朝ごはん食べよ」

お弁当の準備も出来たので、いそいそと朝食を食べ始めるのだった。

 

子供の頃から一緒にいる幼なじみ。
だから一緒にいる事が当たり前になりすぎていて、

「響也、お昼一緒に食べよ」

「おう、ちょっと待ってろ」

昼休み。
響也の席に二人分のお弁当を持って迎えに行くと、響也の隣の席のクラスメイトが口を開いた。

「如月と小日向っていっつも一緒だよなぁ。付き合ってないの?」

「お前それ何回言うんだよ、聞き飽きた。
行くぞ、かなで」

「う、うん」

響也はなんでもない事のようにクラスメイトの言葉を聞き流すと、私の手首をつかんで歩き出した。
漫画だったらずんずんと音がつきそうな歩き方をする響也。
だけど、私の歩幅に合わせてくれているからその勢いほど進んでいない。
今日は天気が良いから屋上で食べたいな、と考えていると響也もそう思ったみたいで屋上を目指して階段を上っていく。
教室を出た後も響也は私の手首をずっとつかんで歩いている。

「ねえ、響也」

「ん?」

「なんで手首なの?」

「あ、わりぃ」

掴んでいた事を忘れていたらしい響也は私の手首から手を離した。

「昔は手、つないでたのに」

掴むなら手首じゃなくて、手にすればいいのに。
そう不満を漏らすと、響也は「なっ…」とつぶやいた。

「何、ガキみてーな事言ってんだよ!俺だって一応気を遣ってやったのに」

「何に気を遣ったのかわかんないよ」

「はー…」

響也は参ったといわんばかりにため息をついて前髪をかきあげた。

「ったくしょうがねーな」

さっきまで手首を掴んでいた手が私の手をそっと握った。

「響也の手、おっきくなったね」

「いつと比べてだよ」

「えー、響也が手を繋いでくれた頃」

「何年経ってんだよ。ガキじゃあるまいし」

「そんな事言っていいのかなぁ…今日のお弁当、響也の好きなものなのに」

「もしかしてそぼろ弁当?」

「なんで分かったの?」

「いや、そろそろかなでが作るそぼろ弁当食いたいなって思ってたんだよ」

「ふふ、そっか。しょうがないなぁ」

響也の手をそっと握り返す。
いつから男の子の手から男の人の手になったんだろう、響也は。
私の手は女の子の手から女の人の手になってるんだろうか。
きっと響也に聞いても教えてくれないだろうから聞かないけど。

好きな人の体を支えるのが、自分の作った食事だったらいいな。
隣を歩く響也を見て、そう思った。

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