好きな人には笑って欲しい。
多分誰だってそう思うだろう。
香月がロクに口を利いてくれなくなった時、話せば喧嘩になってしまっていつも香月は不機嫌そうな顔ばかりしていた。
それが悲しくて、香月が少しでも笑ってくれたらいいなと思って、そんな時はいつもより気合を入れてご飯の支度をした。
そう、私にとってご飯というのは人を笑顔にするものだ。
「笹塚さん、ご飯の支度できますよー」
「ああ、ちょっと待ってろ」
笹塚さんは休みの日でもパソコンの前にかじりついている事が多い。
たまに無理矢理時間を作って、私を外へ連れ出したり、ベッドに引きずり込んだり…という事はあるが、大体はパソコンの前に鎮座している。
仕事をやっている事もあれば、私にはよく分からないが、笹塚さんがやっているようなものというのは日々技術が進歩しているらしく、定期的にそういう情報に目を通さなければならないようだ。
私は…同じ空間にいられるだけで幸せだし、笹塚さんの背中をたまに見ながら家事をするのも楽しい。
そろそろドーナツが必要かな、という時に笹塚さんのもとへドーナツを持っていくと「分かってんじゃん、市香」と褒められる。
そんな時間が日常の一部になってきたことを、桜川さんと向井さんとの飲み会の時に話すと、「もっと貪欲に!!!貪欲になっていいんだよ!カップルなんだから!!」と二人からのありがたいお言葉を頂いた。
(…貪欲かぁ)
「市香」
「-!! はいっ!!!?」
「ったく何ぼーとしてんだよ、キリいいところになったんだけど」
気付けば笹塚さんが私の目の前で片手を振っていた。
こんな近くに来られるまで気付かないなんてどれだけぼんやりしてたんだろう。
恥ずかしくなって、顔が熱くなる。
「市香」
笹塚さんが私を呼ぶ。
条件反射のようにぱっと顔を上げると、笹塚さんが凄く優しい顔で微笑んでいた。
その表情に目を奪われると、笹塚さんの手が私の顎にそえられ、気付けば唇が重なっていた。
身体を重ねるときのキスは酷く熱っぽくて、そのまま溶けてしまいそうになる。
そういうキスも好きだけど、こういう何気ない時にしてくれる優しいキスも私は凄く好きだ。
「どうしたんですか、急に」
「飯よりもキスしてほしいって顔に書いてあった」
「えっ!?」
キスの余韻でまだ熱い頬を両手で抑える。
笹塚さんは手の甲で軽く私の額を叩くと、自分の席についた。
「あんまり煽ってばっかりいると帰さねーぞ」
「煽ってなんて…!」
さっきはあんなに優しい顔をしていたのに、今はもう私をからかう時のちょっと意地悪い表情だ。
「もう!冷めちゃうから早く食べましょう!」
「はいはい。いただきます」
「いただきます」
二人で手を合わせて食事を始める。
笹塚さんはハンバーグを一切れ口にいれると、「うまい」と小さく言ってくれた。
その言葉が嬉しくて、私はついにこにこしながら笹塚さんが食べる様子を見てしまう。
「俺のことばっかり見てないで、お前も食えよ」
「ふふ、そうですね。でも私、美味しそうに食べてくれる笹塚さんを見るの幸せなんです」
にこにこした私を見て、笹塚さんは呆れたように言葉を続ける。
「小さい幸せだな、それは」
「えぇ、そうですか?」
「まぁ、近いうちにもっと大きい幸せやるから…覚悟しておけ」
「え?」
笹塚さんはそう言って笑った。
今は笹塚さんの笑顔が私の幸せ……
近いうちに笹塚さんがくれる大きい幸せ<未来>が何なのかはー それはまだ少し先のお話。