3月30日。
みんなが見えるところに貼ってあるカレンダーには「真澄くん誕生日」と書いてあった。
それは私が過去にみんなの誕生日を聞いた時に一つ一つ書いたものだ。
真澄くんがそのカレンダーの前で立ち止まって、その文字を指でそっとなぞる瞬間を見た。
「おはよう。真澄くん、どうしたの」
「カントク」
真澄くんが珍しく早起きで、まだ誰もいない談話室にいた事に驚いた。
真澄くんは私の方を見ると、なんとなく嬉しそうな顔をした。
「随分早起きだね」
「ん」
「そして、お誕生日おめでとう」
「ありがとう、カントク」
「先に朝食、一緒に食べる?」
「ん」
「じゃあ、今用意するから待っててね」
私がキッチンに移動すると、真澄くんも一緒についてくる。
「あんたの手伝い、する」
「ありがとう。じゃあ、冷蔵庫から卵とってもらえる?」
「うん、分かった」
キッチンに二人で並ぶ事なんて滅多にないからちょっとだけソワソワする。
真澄くんの様子をみると、真澄くんは私以上にソワソワしていた。
トーストを焼いて、目玉焼きとサラダを用意する。
「目玉焼き、半熟でいい?」
いつもは一人ひとり好みを聞く時間がないので聞かないけど、今日は二人だけなので尋ねてみる。
「アンタは半熟が好きなの?」
「そうだね。半熟はカレーとの相性も抜群だしね!」
「じゃあオレも半熟にする。あんたと結婚した時、食の好みがずれてたら困るし」
「はいはい」
いつもの真澄くんの言葉を受け流す。
そうして目玉焼きを焼き終え、お皿に盛るとそれをテーブルまで運ぶ。
まだ早い時間だけど、誰も起きてくる気配がしないことを不思議に思いながらも私と真澄くんは席についた。
「「いただきます」」
二人揃って手を合わせてから、真澄くんはトーストを食べ始める。
「真澄くん、何のケーキが好き?」
「あんたが好き」
「うん、私はケーキじゃないね。生クリームたっぷりのイチゴのケーキとチョコレートケーキならどっちがいい?」
「あんたが選んでくれるならどっちだっていい」
「うーん」
真澄くんの基準は何もかも私らしい。
「私は真澄くんが食べたいって思う方を用意したいんだけどな」
「あんたがオレのことを知りたがってる……はぁ、好き」
(うーん、どうしようかなぁ。学校帰りに待ち合わせて買おうかな…)
目玉焼きの黄身を割ると、とろりとした黄身が零れてくる。
うん、今日の目玉焼きは美味しくできた。
満足いくできばえの目玉焼きを頬張りながら、目の前で黙々と食事をする真澄くんを見つめた。
「ねえ、真澄くん」
「ん?」
「今日随分朝、静かだよね。どうしたんだろ」
やっぱりこの静かさは気になる。
私がそれを口にすると、真澄くんは箸を一旦置いて、私に手を伸ばした。
その手は私の左手に触れ、両手でそっと撫でた。
「……カントク。オレ、17歳になった」
「うん、そうだね」
「あと一年でカントクと結婚できるから待ってて」
「それとこれとは話が別かな…」
その言葉にいつもよりちょっと動揺しながらも、真澄くんが私の左手の薬指をゆっくりと撫でる様を見つめていた。
「今日、みんなが朝起きてこないのはオレとカントクを祝福してるから」
「ん?」
「誕生日、一番最初にアンタに会いたかった」
そう言って、真澄くんはずっと欲しかったものをもらった子供のように嬉しそうに微笑んだ。
(…これはもしかして、みんなからの真澄くんへの誕生日プレゼントって事…かなぁ?)
私はモノじゃないんだけどな、と苦笑いしてしまう。
でも、みんなの計らいだと思うと、珍しく真澄くんとの二人だけの朝食も特別な時間に思えた。
せっかくの誕生日、たまになら甘やかしてもいいだろう。
「それじゃあ、真澄くん…今日は学校が終わったら一緒に真澄くんの好きなケーキを一緒に買いにいこっか」
「-っ!? 放課後デート…?」
「うーん…ま、みんなには内緒ね」
デートという表現はあまり使わない方がいいだろうなと思うけど、そんな風に嬉しそうな顔をされてしまうと否定する気もなくなってしまう。
「うん、ありがとう。カントク」
十七歳になった真澄くんが、これからどんな男の子から男の人に成長していくのか。
私はどんな立場であっても近くで見守りたいな、とひっそりと思った。
「来年の誕生日プレゼントは婚姻届がいい」
「うん、それはないかな」
即座に否定するが、真澄くんは小さな声で「婚姻届…証人は誰に頼むか」と言ったので聞かなかったことにした。
そんな真澄くんの17歳の誕生日の朝。