季節は巡る。
この花は、この国でしか咲かないと初めて知った時は本当になんとも思わなかった。へぇ、そうなんだ。そうそう、それくらい。
後は、ソメイヨシノがクローンだというのを聞いて、新宿で咲こうが北海道で咲こうが沖縄で咲こうがみんな同一の遺伝子を持つのかと思ったら番号で呼ばれていた自分を思い出して気持ち悪くなった。
それ以来、桜を見て綺麗だという感想を抱いた事はない。
「景之さん、見てください!」
二人でよく行く公園。今日も野良猫たちに会う為に二人で歩いていると、市香ちゃんははしゃいだ声をあげて俺の手を引いた。
そこにはまだ三分咲き程度だけれど、桜が咲いていた。
「すっごい綺麗ですね」
何歳になっても市香ちゃんは変わらず、感動した時にはそうやって嬉しそうに俺にそれを伝え、悲しい時には元気のない声色でそれを俺に伝える。
そういう変わらない部分も、変わっていく部分も愛おしいだなんて。
「市香ちゃんは桜の花、好きなんだね」
「そうですねぇ。多分、桜を見ると春が来たんだなぁって思うから好きです」
「春が好きなんだ」
どの季節が好きだなんて話題に上った事がなかった気がする。
確かに市香ちゃんには春 ― ひだまりの中、嬉しそうにはしゃぐ姿が良く似合う。
「春も好きですけど、一番は冬です」
「冬?」
寒い日はいつも身体を縮こまらせて俺に擦り寄ってくるのに。
意外そうだ、と顔に書いてあったのか市香ちゃんは俺の顔をみて不満げな声を上げる。
「分からないですか?冬を好きな理由」
「うーん…寒さにかこつけて、俺といちゃいちゃできる、とか?」
からかうように意地悪く笑ってみせると、市香ちゃんは首を左右に振った。
昔の市香ちゃんなら顔を赤くして力強く「違いますっ!!」とか言っただろうなぁ。だけど、こんな風に反応する市香ちゃんのことを、俺は微笑ましく思う。
だって俺のからかいに慣れるくらい、一緒にいるという事なんだから。
「景之さんに出会った季節だからです」
不意打ち。
市香ちゃんは恥ずかしそうにはにかみながら、そんな事を言った。
「だけど、こうやって一緒に桜を見れるなら春も大好きになりますね」
一緒にいられるなら季節なんて関係ないけれど。
そうだね、君と一緒にいる事によって、好きなものが増えていく。
それは凄く魅力的だ。
「桜ってこんなに綺麗なのにどうして日本だけなんでしょうね」
「ああ、最近では日本以外にも咲いてるらしいよ」
「え、そうなんですか?」
「ヨーロッパの方やアメリカとかでもね。行ってみる?」
「え?」
「遅くなった新婚旅行…なんてね」
「景之さん…はい!行きましょう!」
市香ちゃんは嬉しそうに頷いた。
俺たちにとって特別な季節はきっと冬だけだったのに。
君に出会った冬が終わって、何でもなかった春が大事な季節へと変わった。
君が色づけた俺の世界で、桜が綺麗に咲き誇っていた。