特に秀でたものもなくて、誰かに強く必要とされるような特技も人望もなくて、影も薄い。
秀でた人間を羨んではため息を何度ついたかなんて分からない。
誤魔化すように笑みを浮かべて、それなりの日々を過ごした。
「幸チャンはこんなに可愛いのに恋愛対象は男なんすよねー」
「口動かす暇あるなら手動かして」
冬組の衣装作りの手伝いをしている時のこと。
せっせと手を動かす幸チャンの真剣な瞳に目を奪われる。
自分を貫くということは、凄いこと。
貫きたいと思う程強い意志もなく、それでも自分がトクベツな存在になりたいと子供じみた気持ちをずっと抱え込んでいた。
しばらく幸チャンを見つめていると、視線に気付いたのか顔を上げた。
「はぁ~…馬鹿犬、喉渇いた。お茶とってきて」
「りょ、了解ッス!」
手の止まった俺を邪魔だと部屋からたたき出すかと思いきや、幸チャンは文句を言わない代わりにそんな事を言った。
勢い良く立ち上がり、部屋を転がるように飛び出すとたまたま廊下を歩いていた臣くんに何事かとぎょっとされる。
「どうかしたのか?太一」
「喉渇いたんで、お茶取りにいこうと思ったら勢いつけすぎちゃったッス~」
へへ、と笑うと臣クンはまるで小さな子どもの面倒を見るお母さんのように優しげな笑みを浮かべた。
「お茶を持っていくならちょうどいい。さっき焼きあがったクッキーがキッチンに置いてあるんだ。それも持っていって、一緒に食べるといいぞ」
「あ、ありがとうッス~!!」
「裁縫は手伝えないからな。頑張れよ、二人とも」
臣クンと別れ、キッチンへ行くとほのかに甘い香りがした。
これが臣クンの作ったクッキーか。一個味見をしようかとも思ったけど、今部屋でせっせと幸チャンは頑張っているんだ。
味見したい気持ちを堪えて、トレイにお茶を二人分とクッキーを二人で食べる分くらい載せて、部屋へ戻ろうとする。
階段を登ったところで、今度は万チャンと出くわした。
「おい、太一。ゲームすっぞ」
「あ、万チャン。今、幸チャンの衣装作り手伝ってるところなんスよー」
「なんだよ、それじゃあしょうがねーな。また今度な」
「了解ッス!」
万チャンはおそらく至さんのところへ行くのだろう。
また徹夜して明日死んでなきゃいいけど。
「幸チャン、ただいまッス~」
「遅い。どこほっつき歩いてるの、馬鹿犬」
部屋から出て行った時とは違う衣装の作業をしている幸ちゃんを見て、本当にこの子は手際が良いというか一生懸命なんだなぁと再確認してしまう。
「ごめんッス!でも、臣クンが焼いたクッキーもらってきたッス!」
じゃん!と幸チャンにトレイに載っているものを見せると、幸チャンは持っていた針を一旦しまった。
「じゃあ、ちょっとだけ休憩。ちょっとだけだからね」
「了解ッス!」
テーブルに置くと、幸チャンの前にお茶を置く。
ありがと、と幸チャンは言ってからお茶をごくごくと飲んだ。
喉が渇いていたのを、お茶を飲んで初めて思い出したみたいな…
そんな集中力を尊敬する。
「馬鹿犬は本当に馬鹿だよね」
「え?」
「他人の色恋なんか気にしてる余裕なんてどこにもないのに」
「ああ」
さっき自分が振った話題だ。
聞いていないようで聞いていてくれたのだ。
それだけで嬉しく思える。
「俺っち、モテたいモテたい~!!って気持ちはやっぱり変わらないんスけど。
うん…誰かのトクベツになりたいなって昔からずっと思ってるッス」
誰かが自分のことを見ていてくれたらいいのに。
そうすればきっとこの心にぽっかりと空いた穴は塞がるのに。
自分は足元ばかり見ていたくせに、そんなないもの強請りをしていた。
「さっき俺が言った事聞いてなかった?」
「え?」
「馬鹿犬は、ほんっとーーーに馬鹿だね」
幸チャンはわざとらしく、ため息をついた。
「モテてないのは分かるけど。あんたが望んだ誰かのトクベツっていうのにはもうなってるんじゃないの?」
「…え?」
「秋組のメンバーだって、他の連中だってそう思ってるんじゃない?
…俺も、太一がいてくれて少しは助かってるし」
「ゆ、幸チャン…!!!」
誰かのトクベツ=恋人ではない。
かけがえのない存在は恋愛だけじゃない。
それを教えてくれたのは、新しい居場所だ。
誰かに会えば、話しかけられたり、心配されたり、遊びに誘われたり。
一緒に真剣に演技に取り組んだり、たまにはハメを外して馬鹿なことをしてみたり。
年齢も育った環境も違う人たちが集まったこの場所は、俺にとって何よりもトクベツな、大事な居場所。
「そうッスね、俺っち馬鹿ッスね」
「ほら、休憩終わり!さっさと作業に戻るよ!」
「ええ!まだクッキー残ってるッス!」
「後で食べればいいでしょ、うるさい。早く手動かして」
「はっ…はい!!!」
幸チャンは照れを誤魔化すようにいつもよりビシバシと俺をこきつかう。
でも、それがまた自分を必要としてくれているんだと思うと嬉しくなる。
実は、幸チャンの言葉が嬉しくて、泣きそうになったのは男のプライド的に内緒にしておこう。