ろくに会話もした頃がない頃から、彼女の姿を見かけると思わず目で追っている自分がいた。
その佇まいは彼女の名前と同じで、凛としていた。
ご両親は彼女が生まれた時にそうなる未来が見えたのだろうか
もしくは、凛とした娘に育つようにと願いを込めたのだろうか。
俺から見た遠坂凛という少女は、目で追わずにはいられない存在だった。
まぁ、今もそれは変わらないが。
休み時間。教室で一成たちと雑談していると入り口のところに見知った自分が立っていた。目が合うと、俺のことを手招きで呼ぶから、俺は小さく頷いてからそちらへ向かう。
「衛宮くん、ちょっといいかしら」
「どうかしたのか、遠坂」
「帰りに付き合って欲しいんだけど」
「ああ、いいけど。でも、遠坂が珍しいな。わざわざそんな事言いに来るなんて」
「そんな事…?」
ぴくり、と遠坂が反応した。
普段用事があったとしても遠坂は基本的にわざわざ教室へやってくる事はない。
放課後になってつかまることはよくあるが、今日みたいなことは本当に極めて珍しい。
「いや、悪い意味で言ったんじゃなくてだな…」
「まぁいいわ。そういう事だから。よろしくね、衛宮くん」
フンと不満そうに踵を返すと、背筋を伸ばして歩いていってしまう。
その後ろ姿は少し機嫌が悪そうだが、やはり遠坂は遠坂だ。
凛とした佇まいに俺は今も変わらず焦がれてしまう。
放課後になり、遠坂をクラスまで迎えに行くと遠坂のクラスの男達はぎろりとこちらを睨んでいた。
まぁまぁ気持ちは分かる。が、睨まないでおいてくれと苦笑いを浮かべると遠坂が「行きましょう」と周囲を気にすることなく歩き出した。
俺と遠坂が付き合っていることは一部には知られているが、かかわりのない生徒はおそらく知らない方が多いだろう。
こうやって一緒に歩いていても付き合ってるという疑いをかけられないのは多分つりあっていないからなのだろうな、と思うがそれは仕方がないだろう。
遠坂凛は高嶺の花だ。色んな偶然や奇跡があって、今俺の隣にいるのだ。
学校の門を通り過ぎ、俺たちのように下校する生徒もまばらだ。
「なあ、遠坂」
「なに?」
「今日はどうして誘いに来てくれたんだ?」
口にすると酷く自虐的な台詞な気がした。遠坂もそれを分かったらしく、不満げに睨まれる。
「士郎はどうしてそんな風に言うのよ」
「あー…悪い。いや、うん…そうだな。
遠坂が来てくれたことが自分で思ったよりも嬉しかったみたいだ」
自虐めいた台詞を吐きたかったわけじゃない。
ただ、遠坂がいつもと違うことをして、それが俺にとって嬉しかったから理由を聞きたくなっただけなのだ。
「…なによ、それ」
驚いた顔をした後、頬が赤くなっていく。
そして恥ずかしさを誤魔化すように、俺から視線を逸らした。
「ちょっと士郎の顔が見たくなったから行っただけよ」
会いにいく理由なんてそれしかないじゃない、と小さな声で遠坂がつぶやいた。
「あー…悪い」
今度は俺が照れる番だ。遠坂の言葉をゆっくりと咀嚼するみたいに俺の頭が理解する頃には馬鹿みたいに顔が熱くなっていた。
遠坂凛という少女は、高嶺の花だ。
凛とした佇まいに誰もが目で追いかけ、逸らすことなんて出来ない。
だけど、俺と二人でいる時の遠坂は怒ったり笑ったり照れたり、色んな表情をする。それが俺にとっては馬鹿みたいに嬉しい。
「それで、今日はどこへ行く?」
「そうねぇ…どうしようかな」
「考えてなかったのか?」
「私だってたまにはそういうときもあるわよ」
遠坂がそう言って微笑んだ。
多分これも俺にだけ見せてくれる表情。
気付いたら遠坂の手を握っていた。
遠坂は一瞬固まったが、何事もなかったような顔をして歩き始めた。
だけど、繋いだ手はきゅっと握り返してくる。
「こんな日もたまには良いな…」
目で追うだけの存在より、こうして手を繋げる存在になった遠坂凛を好きだと思った。