今日の晩御飯は特製カレーライス。
人数が多いからふんだんに肉をいれるっていうのは家計には大打撃だから、あまり出来ないんだけど今日はトクベツ。
私は駅でとある人物を待っていた。
ガヤガヤと人が降りてくるのを見つめていると、お目当ての人物を見つけた。
「天馬くん!」
「え、監督?」
そう、私が待っていたのは天馬くん。
天馬くんの元へ駆け寄ると、彼は驚いた顔をして私を見ていた。
「どうしたんだよ、こんなところで」
「天馬くんの帰りを待ってたの、おかえりなさい」
「…っ、ああ…ただいま」
にこにことご機嫌な私にどう返していいのか分からないのか、視線を私から逸らしながらも「ただいま」と言ってくれた。
「今日ね、肉が特売なの!付き合って!」
「あー…そういうことか」
「え?」
「いや、なんでもねぇ。…はぁ、スーパー行くか」
「あ、天馬くん!」
歩き出した天馬くんを慌てて腕をつかんで引き止める。
「スーパー、そっちじゃなくてこっち」
「分かってるよ!!あれだ、あれ。お前のこと試したんだよ!」
「はいはい。それじゃあ張り切って行こう!」
方向音痴な天馬くんがふらふらとどこかへ行ってしまわないように腕をそのまま掴んで歩き出す。
「そういえば今日バレンタインなのに、天馬くんの荷物は増えてないんだね」
「あ?」
街の装飾はピンクだらけ、というかハッピーバレンタインという言葉があちらこちらにあるから嫌でもバレンタインだということが分かる。
「天馬くんのことだから両手いっぱいのチョコとかもらってくるのかなーって思ってた。あ、もしかして事務所に送られてるとか?」
「全部断ってんだよ」
「え?」
「だから!ファンからの贈り物はもらわないことにしてんだよ」
「そうなんだ」
天馬くんくらいの年頃の男の子はバレンタインって一喜一憂するものだと思っていたんだけど、どうやら違うみたいだ。
「私が学生の頃はバレンタインっていうだけできゃあきゃあしてたけどなー」
「…お前は」
「何?」
「お前は誰かにやったのかよ」
「学生の頃はあげたよー、義理とか本命とか色々と」
懐かしいなぁと笑うと、天馬くんの表情は見る見るうちに不機嫌そうになっていく。
「天馬くん?」
「呼ぶな」
「やっぱりチョコ欲しかったんじゃないの?」
「いらねぇよ、チョコなんて」
「そう?」
不機嫌そうな天馬くんから手を離し、私はカバンの中からあるものを取り出した。
「後であげようと思ってたんだけど、ハッピーバレンタイン」
彼の手をとり、その手のひらにちょこんと小さなそれを渡した。
「ちっせぇ。しかもハートってガキかよ」
「しょうがないでしょ、みんなにあげるんだから大変なのよ」
二十人以上のチョコレートを用意するのはお財布的にも厳しいのだ。
大量に買ってきたチョコレートを湯銭して、型に流し込み、せっせと作ったチョコレートなのだ。今日の日中はこの作業で終わってしまった。
「なぁ、監督」
「なに?」
「これ貰うの、俺が最初?」
「うん、そうだよ」
「…ならいい」
そう言って天馬くんはチョコレートの包みを開いて、ぱくりと口に放り込んだ。
「お、意外とうまい」
「でしょ?ちょっと自信作」
「カレー以外にも作れたんだな、監督って…」
「それはどういう意味かな」
「そのまんまの意味だよ」
さっきまで不機嫌だったくせに、もうご機嫌だ。
甘いものは最強!ということかもしれない。
「今日の晩御飯はなんと…カレーです!」
「…げ、またカレーかよ」
「今日はいつもとちょっと違って手羽元を豪勢に使ったカレーなんだよ!
だってバレンタインなんだから!」
「あー、そんな事言ってたら今食ったもんも本当はカレールーだったんじゃないかって不安になるな」
「どういう意味かな?」
「なんでもね。ほら、さっさと行くぞ」
そう言って天馬くんは私の手を握った。
突然の行動にちょっとだけ驚いて天馬くんを見ると、心なしか耳が赤くなっているように思える。
誰かを贔屓するのは良くないけど…でも、はぐれたりしたら困るし。
それに今日はちょっとだけトクベツだから。
自分にちょっとだけ言い訳して、私は天馬くんの手を握り返した。
本当は天馬くんにあげたチョコレートだけハートの形なんだけど、この子は気付くのかな。
気付かなくても構わないと思いながら、左手のぬくもりを愛おしく思った。