アイドルという職業は季節感のないものだと思う。
真夏に冬のシチュエーションの撮影をすることもあれば、逆もしかり。
だから今って何月だっけ?ということが良くある。けど…
(右を見てもチョコレート、左を見てもチョコレート…)
この日だけは多分、間違えようのない。
「バレンタイン特集かぁ…撮影したのいつだっけ?」
「二ヶ月前くらいじゃなかったか?」
「そもそもバレンタインって俺たちはもらう側のはずなのにねぇー」
「トゥンク!それもまた一興です!」
メンバーが思い思いにしゃべりながら撮影は進む。
ちなみに今の撮影は春の特集記事。
あと数カットで撮影は終わりだろう。
カメラマンの向こうににこにこしながら俺たちを見つめる澄空さんの姿があった。
嬉しそうに俺たちを見つめる澄空さんの笑顔に、俺も知らず知らず笑みが零れた。
「みなさん、お疲れ様でした!」
「ありがとう、つばさちゃん!ねぇねぇ俺かっこよかった?」
「はい!すっごく素敵でした!」
「やったー!」
撮影が終わり、控え室に移動すると澄空さんが冷たいドリンクを用意しておいてくれていて、それを一人ひとりに手渡してくれる。
「はい、増長さん」
「ありがとう、澄空さん」
ドリンクを受け取るときに、少しだけ手が触れる。
そんな些細なことにさえ、俺はまだドキドキしてしまう。
ちらりと彼女の表情を盗み見ると、どうやら同じだったらしく彼女の頬も心なしか赤くなる。
受け取った飲み物を一口飲むと、自分が思っていたよりも喉が渇いていたことに気付かされる。
「はぁ、美味しい」
「今日の撮影、普段より照明つかってたんで喉渇くかなーって思ったんです」
「そっか。澄空さんは本当に俺たちの事をよく見てくれてるね…ありがとう」
「いえ!喜んでいただけて嬉しいです!」
その後、今日のスケジュールの確認が入る。
今日の俺の予定はもう一本雑誌のインタビューがあり、他のメンバーも違う雑誌インタビューやラジオへのゲスト出演などある。
「それじゃあ、私は増長さんについていきますので他のみなさんももう一息頑張ってくださいね!」
人数が少ないところを優先して澄空さんはついてくれる。
だからトクベツ俺を贔屓したわけじゃないけど、少しだけ嬉しい。
頬が緩みそうになるのを誤魔化すように、残っていた飲み物を一気に飲み干した。
「あ!それと皆さんに!」
いつも持っているカバンからいくつかの包みを取り出し、俺以外のメンバーに渡していく。
「わー!チョコだ!」
「これはもしやつばささんの手作りですか!?」
「ありがとう、つばさ」
「悪いな」
キレイにラッピングされた半透明の袋の中には丸いチョコレイトが入っているのが見えた。
「お口にあえばいいんですけど…いつもの感謝の気持ちを込めました!」
「モモタス!これは飾るしかないでしょうか!!」
「多分食べないと腐るよ、ミカ…」
「あれ?リーダーには?」
ふと、暉がそう口にした。すると、澄空さんは顔を真っ赤にした。
「あ、増長さんには後で…!」
「ふぅん、後で…」
にやりと笑う暉を龍が軽く頭をはたいて諌める。
「つ、次の準備もあるしそろそろ行こうか!澄空さん!」
「はいっ!そうしましょう!それじゃあ皆さん、お疲れ様です!」
何とも言えない空気に耐えられなくなり、俺と澄空さんは慌てて支度をして楽屋を飛び出した。
「増長さん、あの…」
「うん」
次の現場はここから歩いていける距離だ。
まだ余裕のある時間なのに、二人で少し駆け足で移動する。
今日という日は、なんだか街が浮き足立ってる。
俺もそんな一人にすぎないんだと隣にいる彼女のせいで嫌でも思い知らされる。
学生の頃、周囲の男友達がそわそわしているのを見てどうしてチョコ一つでそんな風になるんだろうと不思議だったけど、今なら凄く分かる。
「やっぱり楽屋についてからにしますね」
「…うん」
まだ明るい時間。
誰が見ているか分からないから手を握ることは出来ない。
スタジオに入り、挨拶を済ませると用意されてあった楽屋へと入った。
ばたんとドアが閉まるのと、ほぼ同時くらいに俺はつばさを抱き締めた。
「増長さん…!」
「ごめん、少しだけ」
俺たちを嬉しそうに見守る笑顔を見た時から一刻も早く抱き締めたいって思ってた。
メンバーに渡されたチョコを見て、少しだけ妬いたのもあって自制心なんてどこかへ行ってしまった。
ぎゅうっと抱き締めると彼女は俺とは違う人間なんだと強く思う。
あまり強く抱き締めたら壊れてしまうんじゃないかと思ってしまう。
しばらくして、身体を離すとつばさの顔は赤くなっていた。
「あの…これ」
つばさはさっきのようにカバンから包みを取り出して、俺に差し出す。
それはさっきメンバーに渡したものとは違って、箱に入っていた。
「これ、あの…さっきのと違うよね?」
「当たり前です、これは本命チョコ…です」
そう口にしたつばさは自分の言葉に恥ずかしくなったのか、俺に押し付けると頬を両手で押さえた。
「…ありがと。開けてもいい?」
つばさがこくりと頷くのを確認して、その箱を開けるとハート型のチョコレートが入っていた。
「ありがとう。凄く嬉しい」
月並みな言葉になってしまうけど。
世界でたった一人のトクベツな人からトクベツなチョコをもらえるということが嬉しいという言葉以外に表現できない自分が悔しい。
「和南くん、いつもありがとうございます」
箱を持つ俺の手にそっと触れる。
「いつも…私のことを大切にしてくれて、大好きでいてくれてありがとうございます。私もあなたのことが、大好きです」
そう言って、つばさは優しく笑ってくれた。
「君には一生敵わない気がする」
「え?どういう…」
俺の言葉に不思議そうな顔をするつばさに笑いかけると、そのままそっと唇を重ねた。
楽屋とか人目につく場所でこういうことをするのは危ないかもしれないけど、今日という日だけは許してほしい。
「来月、楽しみにしてて」
「…はい、楽しみにしてます」
見つめ合って微笑むと、もう一度甘いキスを送った。