春組、夏組、秋組、冬組…と順調に進んでいき、最初の頃はがらんとしていた寮もすっかり大所帯だ。
気の合う子、合わない子…やっぱり色々あるみたいだけど、組を越えて楽しそうにしている姿を見るとほっとしてしまう。
「じゃー行って来るねーカントクちゃん!」
「俺、監督といたいんだけど」
「今日はオレと一緒に行く約束してたじゃーん!」
一成くんは積極的に色んな人としゃべるからか、真澄くんとも良好(?)な関係を築いているようだ。
春組以外の子とわいわいやってる真澄くんを見るとちょっとだけ安心してしまう。
「いってらっしゃい、二人とも。頑張ってね」
「…あんたがそういうなら、頑張ってくる」
ひらひらと手を振りつつ、今日も一成くんが真澄くんをひきずるように出て行く姿を見送る。
真澄くんは…なんていったらいいんだろう。
生まれて初めて見たのが私だといわんばかりに私しか目に入らない…ようだ。
それはまるで母鳥に付き従うひな鳥のような…
(自意識過剰すぎる考え方だけど…)
気を取り直して、営業周りをするための資料作りに戻る。
飲食店にフライヤーを置いてもらったり、ポスターを貼ってもらう事だって集客につながるんだから。
頑張らないと!と頬を軽くはたいた。
◇
「ねぇねぇ、まっすー!たまにはLIME返信ちょうだいよ~」
「めんどくさい」
「カントクちゃんは返してくれるのになぁ」
「…監督にLIMEしてんの?」
「うん、ちょくちょくね~!」
「…ふうん」
一成の言葉に少しだけいらっとしながらもオレは隣を歩く奴を見た。
監督はみんなの監督…ではある。
それは言い聞かせれているから分かっている。
俺だけをトクベツ扱いするなんてきっとあの人には無理だろうし、困った顔はさせたくないから言わない。
「ふぅ~!お疲れ!まっすー!」
「お疲れ」
駅前で二人で手分けしてチラシを配り終えると、一成はにこにことスマホを片手に俺に近づいてくる。
一歩引こうとすると、一気に二歩分くらい詰め寄られて距離が縮む。
「イエーイ♪お疲れ様~」
パシャリとシャッター音が響く。
「勝手に写真取るな」
「まぁまぁ」
俺の言葉を聞き流して、スマホをいじる。
「はい、送信~」
「誰に?」
「カントクちゃんに!チラシ配り終わったよ~っていう連絡」
「それなら俺がしたのに」
「じゃあまっすーもカントクちゃんにLIMEしよう!」
◆
どれくらい時間が経っただろう。
テーブルの上に置いていたスマホが振動していた。
手に取り、誰からのLIMEか確認すると一成くんだった。
(そういえば真澄くんも一成くんから頻繁にLIME来るって言ってたなぁ)
彼のマメさは見習うべきかもしれない、と頷きながらLIMEを開くと
『順調に配りおわったよー』
という言葉と共に真澄くんとのツーショットの写真が添えられていた。
一成くんのキメ顔の隣には、真澄くんのちょっと不機嫌そうな顔があって思わずくすりと笑ってしまう。
スマホがもう一度振動し、今度は真澄くんからのLIMEだった。
開いてみると、桜の木の枝の写真だった。
まだ咲く季節じゃないからつぼみすらない、ただの桜の木。
どうしたんだろう?と首をかしげていると、真澄くんからメッセージが届いた。
『あんたと出会った季節がもうすぐ来る』
その一文に、私はどうしようもないくらい胸を締め付けられる。
あと何ヶ月もしないで、春組が結成した日がやってくるのだ。
今までの人生の中で一番早い一年だった気がする。
役者として何も残せなかったと思った私に、私の演技が好きだと言ってくれたのは真澄くんだた。
その言葉があったから、私の役者人生は報われたのだ。
あのたった一言で。
「真澄くんはずるいなぁ」
ぐいぐい迫られるのは正直どう受け止めていいのかわかんないし、今は恋をしている場合ではない。
だけど、ふとした時に真澄くんを思い出す。
『あっという間だね。
チラシ配りお疲れ様。気をつけて帰って来てね』
そうLIMEを返すと、すぐ返事が返ってきた。
『こうしていると夫婦みたい。すぐ帰る』
『夫婦みたいではないね』
『じゃあ恋人』
『いや、それはもっと違うかな』
会話をするようなテンポでやりとりは続く。
今は恋をしている場合じゃないけれど。
もし、私が恋をするなら……なんてね。
帰ってくるだろう二人を出迎えるために私はリビングへと向かった。