フライヤー配りは当番制…というわけではないが、公演のチケット販売前は空いてる人が二人一組になって配りに行くのが定例になった。
同じ組で行くことがどちらかといえば多いが、今日はたまたま誉さんが中庭でぼんやり空を見上げていた(後から聞いたらよくわからん詩を考えていたらしい)のでとっ捕まえて配りにいってきた。
リビングへ行くと監督が笑顔で出迎えてくれる。
両親はいつも忙しく飛び回っているから、家に帰ったって誰もいないのが当たり前だったから、誰かが待っていてくれるという事は新鮮で…むず痒い。
「おかえりなさい。お疲れ様、天馬くん。誉さん」
「ああ…ただい」
「うむ!監督くん、出迎えご苦労!存分に労うといい!」
オレが言い終わる前にご機嫌に誉さんが遮ってくる。
思わず舌打ちしそうになるが、こんな事にいちいち目くじらを立てるような俺じゃない。
ふん、と鼻息荒くオレは手を洗いに洗面台へと消える。
戻ってくると、まぁ…慣れた香ばしい香りが漂っていた。
「おなか空いたでしょ?カレー用意してあるから!」
既に席について食べ始めている誉さんはご機嫌だ。
「監督くんが作るカレーは何度食べても美味しいな。これも一種の芸術ではあるのだね」
「芸術ではねーだろ。ただのカレー馬鹿。それよりちゃんと手洗わないと汚ねぇだろ」
「キッチンで洗ったから問題ないのだよ。天馬くんは意外に細かいことを言うのだな」
「細かくねーよ。ったく…いただきます」
小さく言葉にすると、監督は「召し上がれ」と笑った。
今日のカレーは定番のカレーだ。きっとこれが今日の夜とか明日にはカレーリゾットとかそういうアレンジをきかせてくるんだろう…
オレの身体、いつか黄色くなるんじゃないだろうかと少々の心配を抱きながらもカレーライスを頬張る。
…いや、美味いんだけどな。育ち盛りとしては、肉が食いたい。
多分そういったらカレーに大量の肉が投入される気がするから言わないでおく。
黙々と食べていると、目の前で同じように食べていた誉さんが「ふむ」と呟いた。
「なんだよ、じっと見つめて」
「いや、天馬くんはにんじんが嫌いなのに監督くんが作るものなら食べるんだね」
「ばっ…!!!」
「え?天馬くん、にんじん嫌いだったの?」
誉さんの余計な一言に驚いた顔で監督が俺を見つめた。
誉さんはそれを肯定するように余計な一言を続けてしゃべる。
「今朝だってワタシが天馬くんに置き去りにされたニンジンを哀れんで食しただろう」
「誉さん、黙れ」
「そうだ、監督くん!その時に思いついた詩を聞きたいだろう?」
「いや、今は間に合ってるかな・・・?」
「ふむ。そうか?食べ終わったら存分に披露することにしよう!」
ようやく満足したのか、その後は誉さんは大人しくカレーを食べていた。
俺は…監督の視線が痛くて顔を上げたくない。
ただ黙々とカレーを見つめながら、そうだよニンジンだって親の敵といわんばかりの勢いで食べる。
「ごめんね、天馬くん」
「何が」
「てっきり凄い勢いで食べるからニンジン好きなんだと思って多目にいれてた」
道理でオレの皿にやたらとオレンジ色の物体が多いと思ってたんだよ、ずっと。
他のやつの皿を見てもそんなに多くないのにいつもおかしいなおかしいな、と思っていたけど。
「はぁ~」
「今度から気をつけるね」
「いや、いい」
嫌いなものは嫌いだけど…
「アンタがオレのためにいれてたんなら…いい」
少しでもオレを見ていてくれるならそれも悪くない。
「おお!ではワタシのニンジンも天馬くんにあげよう!」
「いらねーよ!あ、おい!いれんじゃねー!!!」
ひょいひょいと誉さんがオレの皿にニンジンをいれてきた。
それを監督が楽しそうに見守ってるから、まぁ…悪くはないなとちょっとだけ思った。
次の日からも変わらないニンジンの量にやっぱり減らしてくれといえばよかったとちょっとだけ後悔しながらオレは今日もカレーを食べている。