ファンサービスといえば、ウィンクだろうと意気込んでウィンクをしてみたはいいものの…
「ウィンクって意外と難しいもんだなぁ…」
部屋で練習すると幸に馬鹿にされること間違いなしのため、誰もいない時間を見計らって洗面台の前で練習をしていた。
右目でウィンクしようとすると力が入って、なぜかぎこちないっつーか左目もうっかり閉じてしまいそうになる。
だけど、ファンサービスといえばウィンク…と自分から言った手前俺が下手だというのはよろしくない。
パチン、パチンと何度も練習を繰り返していると
「天馬くん、どうかしたの?」
「うぉぉっ!!?」
「えっ!?」
突然背後から声をかけられて驚きのあまり声が出た。
振り返ると、監督が俺の声に驚いたのか目をぱちぱちさせて立っていた。
「さっきからずっと洗面台にいるからどうしたのかなって思って」
「あー、いや…別に」
「もしかして部屋に帰れなくなっちゃった?」
「んなわけあるか」
そこまで俺は方向音痴じゃないと訴えると、監督はふふ、と楽しげに笑った。
その笑顔に思わずときめいてしまい、頬が熱くなる。
いやいやいや。
芸能界で綺麗だったり可愛いと思う異性は数え切れないほど見ている。
真剣に仕事に取り組む姿に共感した事だって幾度とある。
だけど、こんな風に誰かが笑ってくれるだけで胸が苦しくなるなんて事は今まで一度だってなかった。
「あ、でもなんだか顔赤い気がする。もしかして風邪かな?」
監督の手が俺の額に触れる。
少しひんやりとした手が気持ち良いが、触れられた事実により熱が駆け巡る。
「風邪なんてひいて…」
「でも顔熱いよ?」
そんな心配そうに見つめないでほしい。
どうしていいか分からなくなり、俺はとっさに俺に触れている監督の手を取った。
『ファンサービスっていうのは、スキンシップも大事だろ』
なんていうありがた迷惑な言葉を思い出しながら。
「演技の練習、してたんだよ」
「演技?こんなところで?」
「でも、お前がキスの練習付き合ってくれるっていうなら…してもいいけど?」
にやりと笑って、手の甲にキスを落としてみる。
「-っ…!」
監督の頬が一気に真っ赤になったかと思ったら次の瞬間チョップを食らわされた。
「いってぇ!」
「あんまり大人をからかわないの!」
俺が握っていた手を振り払い、監督はその手を空いてる手で隠すように握りしめた。
「ここ、寒いからあんまり長くいない方がいいよ!」
そんな俺を気遣う捨て台詞を残して、監督は去っていった。
「・・・はぁ、何してんだ。俺」
頭を抱えてずるずるとその場にしゃがみこんだ。
やった俺のほうが100倍照れてる。
多分なんとも思ってない奴に触られようが、手の甲にキスをしようが俺はなんとも思わない。
でも…他の女に触りたいとは思わないから。
やっぱりファンサにはウィンクしかあるまい。
俺は決意を新たにし、鏡の前に立ったが…
自分の顔が思ってた以上に真っ赤だったので、今日の練習はやめることにした。