たまにはベタも悪くない(響乃×憂)

「あなたって本当に…」

「何ですか?照れてます?」

「そんなわけ…ない、でしょ」

 

よくドラマとか、恋愛漫画で見かけるだろう。
デートの最中通り雨に降られた二人。
偶然目に付いたその場所に濡れた身体を温めに入る…なんて。

「ベタすぎて何にも言えないわ」

そもそも私たちは妖怪なんだからわざわざホテルに入って雨宿りをする必要なんてないはずなのに。
「そこはお約束でしょう」と響乃がご機嫌でぐいぐい私の手を引くのであっという間にこんな状況に陥ってしまった。

「先輩、そんな濡れたまんまでいたら風邪引きますよ」

「そんなわけ…くしゅんっ」

「ほら、言わんこっちゃない」

響乃は楽しそうに私を見下ろすと、ためらいもなく私の服に手をかける。

「ちょ、何する気!?」

「何って脱がせる気ですよ?」

「自分でできるわよ!」

「何を今更照れちゃってるんですか」

慌てて響乃の手を払いのけると、響乃はしょうがないなぁと笑って自分の着ている服を無造作に脱ぎ始めた。
なんというか、響乃の裸を見る機会なんて普段そうそうない。
修学旅行のとき、一緒にお風呂に入った時以来まともに見てないと…思う。
あの時はあの時でいっぱいいっぱいだったからあんまり見てなかったけど、響乃の身体は男らしい体つきだった。
普段どちらかといえば線の細いタイプの異性に囲まれているせいか、響乃はやはり新鮮だ。
見入っていると、私の視線に気付いたのか響乃は顔をこちらへ向けた。

「先輩、俺の裸がそんなに新鮮ですか?」

「…っ!そんなんじゃ、」

「ほら、早く脱がないと俺が脱がせますよ」

「分かったわよ!」

再度促されて私はしぶしぶ洋服に手をかけた。

「…なんで見てるの」

「だって先輩も俺が脱ぐところ見てたじゃないですか。
だから俺も先輩が脱ぐ姿みたいな~って」

「嫌よ!あなたはさっさとお風呂に入ってきなさい!」

「先輩ってば可愛いんだから。じゃあ、先に入って待ってますね」

ひらひらと手を振ると、響乃はバスルームへと消えていった。

(…今、先に入って待ってるって言った?)

いやいや、そんな恥ずかしい事出来るわけない。
そう否定するが、ぶるりと身体が震えた。

(このままでいたらホテルに入った意味ないわよね)

なんとか自分を納得させ、私は濡れた服を脱いでいく。
身体にまとわりついていたものが取り除かれるだけで随分楽になるものだ。
身体を隠せそうなタオルを手に取り、私はおそるおそるバスルームへ入った。

「今お湯ためてるんで先に身体洗いましょー」

「…あなた!タオルは!?」

視界に飛び込んできたのは全裸の響乃がバスタブにお湯を張りながら手でかき混ぜている光景というなんともいえないものだった。

「え、だって風呂ですよ?タオルまかないでしょ」

「でも、」

響乃が蛇口をひねると勢いよく熱いシャワーが出てくる。

「先輩、そんなところ突っ立ってないで早く」

「…う、」

うろたえる私がおかしいのか、響乃はくすりと笑って私の腕を掴んだ。

「ほら、身体冷え切ってるじゃないですか。温めてあげますよ」

わざとらしく耳元で囁くように言われて、手に持っていたタオルがタイルの上にはらりと落ちた。

「響乃…」

熱っぽい目で見つめられ、気付けば私もその気になっていた。
シャワーの音が、響く。

「んっ…っァ、」

執拗に私の舌を追いかけてくる響乃のそれはいつもより熱を持っていて、なんだか別の生き物みたいだ。
翻弄されながらも、しがみつくように響乃の背中をきつく抱く。

「大胆ですね、憂」

「寒いからよ…!」

「どれだけ抱いても憂は可愛いままですね」

目を細めて愛おしいものを見つめるような響乃の表情に鼓動がはやくなる。
はじめは付き合おうといわれた時、なんなんだろうコイツと思ったのに。
からかわれてるだけだと思ったのに。
いつの間にか、響乃に心を奪われていった。

「年下のくせに生意気…」

いつもより熱い口付けで既に涙目になっていたけど、響乃を睨みつける。
だけどそんなの響乃を煽るだけだってさすがの私も分かってる。

「そんな俺が好きなくせに」

意地の悪い笑みを浮かべて、唇を塞がれる。
舌を絡めるキスも、触れるだけのキスもどっちも好き。
それを知ってるのか、響乃は私をからかうみたいにどっちも与えてくる。
キスの合間も忙しなく動く響乃の手がじれったい。

「…むさし、」

強請るように名前を呼ぶ。

「何して欲しいか、言えます?」

そんなの言えるわけがない。
私が首をふるふると横に振ると響乃は愉快そうに笑った。

「本当に可愛いんだから」

その声は酷く優しげなのに、響乃のそれはとても凶暴そうに熱を持っていて。
与えられる衝撃に備えて私は響乃の背中に回した手に力を入れた。
そんな時、どれくらいの強さで爪を立てたら、この男の背中に跡が残るんだろうなんて安い官能小説みたいなことが頭に浮かんだ。

「-っぁン…っ、あ」

響乃を受け入れたとき、私は今までのなかで一番強く彼の背中に爪を立てた。

 

 

 

・・・

「先輩、気持ちいいですねー」

「なっ…」

「お風呂ですよ、お風呂。いやー、こういうところのお風呂って広くていいですね」

行為が終わって、すっかり疲れ果てた私は響乃に抱きかかえられながらバスタブにつかっている。

「先輩、耳真っ赤ですよ。もしかしてやらしい事考えてました?」

「そんなわけないでしょ!今したばっかりなのに」

「ふーん。俺はいつでもOKですけどねぇ」

ぎゅっと後ろから抱き締められると、なんとも言えない気持ちになる。

「なんだかベタすぎて恥ずかしい…」

「いいじゃないですか、ベタ。俺は好きですよ、こういうの」

「あっそ…」

「そういえば今日、随分激しかったですね。やっぱりこういう場所だといつもより興奮…」

「やめなさい、そういう事いうの」

「だって背中」

「…! 痛かった?」

「いえ。ただあなたが俺の身体に何かを残すって悪くないなぁって思いました」

「…そう」

ベタな真似も、恥ずかしいって顔を覆いたくなるようなことも。
私も、あなたとなら悪くないかもしれない。
いや、たまになら。
うん…たまになら。

そんな事を思いながら私はちょっとだけ甘えるように響乃にもたれかかるのだった。

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