「アキちゃん」
オレの好きな人は、オレのことをアキちゃんと呼ぶ。
子ども扱い…いや、男扱いされていない呼び方を変えたいと思った事は何度かあったが、今となってはこのままでいいや、なんて思っている。
「アキちゃん、起きて。アキちゃん」
肩を揺するアイちゃんの手。
その手が愛おしくて、まだ何度も呼んで欲しくてオレは眠ったふりを続ける。
「…もう、しょうがないなぁ」
苦笑交じりに発したであろう言葉にオレも笑いそうになる。
アイちゃんはしょうがないなぁってオレに対してよく言う。
「珍しく図書室に寄るって言ってたから見にきたのに…」
さっきまではちゃんと真面目に調べ物をしていたんだよ。
終わって、アイちゃんを待っている間退屈になってしまって、机に突っ伏していたらそれをアイちゃんが眠っていると勘違いしただけなんだけど。
隣に座ったアイちゃんを盗み見ようと、うっすら目を開けてみると、アイちゃんはオレの顔をじぃっと見つめていた。
普段、そんなにオレのこと見つめたりしない分思いのほか照れくさい。
「アキちゃん、起きてるんでしょう」
「…すーすー」
「アキちゃん」
ちょっとだけ怒りを含んだ声にオレはようやく目を開けた。
「おはよう、アキちゃん」
「ん、おはよ。起きてるってなんで分かったの?」
「アキちゃんのことだもん」
恋に臆病だったアイちゃんは、少しずつオレからの愛情を受け入れ慣れてきた。
そのささやかな進歩に、オレがどれだけ喜んでいるかきっと彼女は知らない。
「そっか。オレのことだから分かるんだ」
「うん、そうだね」
頷いたアイちゃんに、愛されているという自信が少し見えた気がした。
それがたまらなく嬉しくて、アイちゃんの手をぎゅっと握った。
「あー…毎日アイちゃんに起こしてもらえる生活おくりたーい」
「え、え?」
「ていうオレの気持ちも分かっちゃうんでしょ?オレのこと分かってるアイちゃんなら」
少しだけいつもより踏みこんで。
アイちゃんが、一歩下がってしまったら今度は気をつけて。
そんな事を繰り返してばかり。
「…どうだろ。でも、私もアキちゃんに毎日おはようって言いたい…かな」
「…っ!」
窓の外を見れば、もうすぐ日が沈みそうだ。
冬は日が沈むのが早くて困るね。アイちゃんの顔が見づらくなっちゃうから。
「あー…しょうがないなぁ、アイちゃんは」
赤くなった頬を誤魔化すように、オレは笑った。