人を待つことは好きか嫌いかと言われれば嫌いだ。
嫌いといっても、約束があってその時間に遅れてくるとかはあまり気にならない。
だけど、約束なんて何一つないのに待っている自分が嫌いなのだ。
「ご主人様、窓を開けていると体が冷えますよ」
「…そうね」
セラスの言葉に私はそっと窓を閉め、カーテンを閉めた。
前回、うちに来てから数ヶ月経った。
あまり頻繁に訪れるわけではない実兄を待つのはあまり良い事ではないだろう。
そうは思いながらも、あの軽薄な笑顔が見たいと思ってしまった。
「ねえ、セラス」
「はい、なんでしょうか」
「マイセン、どこにいるのかしら」
「…そうですね、マイセン様のことですからきっと遠くの国とかでしょうか」
「そうよね。マイセンだものね」
なぜか分からないが世界中を放浪している兄。
ふらりと現れて、お土産を私に渡すとあっという間に去ってしまう。
兄離れ、したつもりだったんだけどな。
「セラス、温かいものが飲みたいわ」
どことなく沈んだ顔をしていたであろう自分を誤魔化すようにセラスに微笑む。
セラスはかしこまりました、とだけ言って部屋を出て行った。
ソファに座ってセラスを待っていると、窓をコンコンと叩く音が聞こえた。
そっとカーテンを開けると、そこには顔を見たいと思っていた兄の姿。
いつものように軽薄な笑みを浮かべた。
「何やってんのよ、マイセン」
窓を開けて、呆れた顔でマイセンを見下ろした。
「よっ、アリシア。元気にしてたか?」
「そりゃ元気よ。それよりもなんでそんなところに」
「すぐ行かなきゃいけないからな」
「…そう」
「…そんな顔すんなって、アリシア」
マイセンの声のトーンが、優しいものに変わる。
この男はずるい。いつだって、そうやって私が求めてるものを理解しながら何もくれない。
私も、拒まれることが怖いから求めるものを言葉になんてしない。
私たちは似たもの兄妹なんだろうか。
「ほら」
マイセンは隠し持っていた花束を私に差し出した。
「花束って…妹口説いてどうすんのよ」
「…さぁ、な。…どうしようかな」
なんであんたが困った顔で笑うの。
その言葉が口まで出掛かったけれどなんとか飲み込んで、花束を受け取った。
「誕生日おめでとう、わが妹よ」
花の香りが優しい。
子どものとき、マイセンが私の手を握ってくれたことを思い出す。
はぐれないように、ちゃんとここにいるんだよ、と言うようにマイセンは私をずっと繋ぎとめてくれた。
「……ありがとう、お兄ちゃん」
滅多に呼ばない、兄という言葉でマイセンを呼ぶ。
すると、恥ずかしいのかマイセンは視線をさ迷わせた。
「何照れてんのよ」
「いや、お前がお兄ちゃんっていうとちょっと恥ずかしいだろ」
「それが普通なのに」
「…俺とお前の普通じゃないだろ」
「それもそうね」
花束を抱える私の左手を取ると、薬指にマイセンはキスを落とした。
「…遅くなったお詫び」
マイセンが私を見上げた。
その目が、なんだか酷く熱を帯びていて私は苦しくなって左手を引っ込めた。
「だから妹口説くなって言ってるでしょ!」
「ははは、ついつい。いやー、それにしても間に合わないかと思ったなぁ、今年は」
焦った焦ったというマイセンに私はわざとらしいため息をつく。
「あんたがいい加減なのには慣れてるわ」
「…そっか」
次、いつ会えるのか。
その約束はくれない私のたった一人の兄。
「でも、遅刻しなかった事だけは褒めてあげる」
「はは、ありがとな」
マイセンは笑うと、マントを翻して私に背を向けた。
「もう行くの?」
「ああ、またな」
「…ええ」
何度も何度も見送った背中を、好きだという感情だけで引き止めることは出来なかった。
窓とカーテンを閉め、私は花束をそっと抱き締めた。
ああ、きっと花粉がついてしまうだろうけど、セラスの小言くらい今は聞き入れよう。
ふと、花束に飴玉の包みがまぎれていることに気付いた。
「…ばか」
食べる前から何の味かは予想がつく。
包みを開けて、口へ放り込むとやっぱりイチゴの味がした。