Be with you~night~(秋梓)

待つ時間は嫌いじゃない。
時計を確認すると彼が帰ってくるいつもの時間まであと一時間くらいある。
今日の夕食は旬のお魚が手に入ったので、焼き魚の予定だ。
昔は全然料理が出来なかったけれど、今は仕事から帰ってくる彼を喜ばせたいという気持ちから料理の勉強をしている。

(シベリアだって作れるようになったんだから上出来…だよね?)

彼の好物であるシベリアもたまに彼のおやつとして持っていってもらってるが、シベリアを持たせる日は必ず仕事がはかどるといって少し早く帰って来てくれる。シベリアおそるべし。

 

 

 

チャイムが鳴り、玄関まで駆けていって扉を開ける。
仕事から帰ってきた秋兵さんが立っていた。

「ただいま、梓」

「秋兵さん、おかえりなさい!」

十時間前後しか離れていないはずなのに凄く久しぶりに会う気持ちになる。
玄関まで必ず迎えに出たいからチャイムを鳴らして欲しいと彼にお願いしているのだ。

「梓」

鞄を受け取ると、秋兵さんは私の耳に髪をかけ、そのまま頬にキスをしてくれた。

「ただいまのキスです」

「…おかえりなさい」

私もお返しに少し背伸びして彼の頬に口付けた。秋兵さんはそれを嬉しそうに受け入れた。

「夕食、すぐ支度しますね」

「手伝いましょう」

「これは私の仕事です。秋兵さんは仕事から帰ってきたんですから着替えてゆっくりしてください」

台所についてこようとする秋兵さんの背中を押して拒む。
秋兵さんはわざとらしく悲しそうな顔を作るが、私はそれを無視して着替えをしてくるように促す。

「今日もお弁当美味しかったです。ありがとう」

「そう言ってもらえるだけで十分です。夕食も楽しみにしていてください」

「分かりました」

秋兵さんを台所からようやく追い出すと私は夕食の支度へ取り掛かる。
受け取ったお弁当箱は米粒一つ残っていないくらい綺麗に食べてくれていて、相変わらず清清しいお弁当箱だ。

 

 

 

「ご馳走様でした」

「お粗末様です」

「梓の料理の腕前はあっという間に上達していくね」

「秋兵さんに美味しいもの食べて欲しいって思うからですよ。今、お茶の用意しますね」

「あ、それは僕がしますよ。梓は座っていて」

「じゃあお願いします」

頷くと秋兵さんは立ち上がって台所へ消えていく。
秋兵さんの淹れてくれるお茶は美味しい。
私が淹れるものより深みがあって美味しく感じる。
テーブルに肘をついて両手に顎を乗せて、彼が戻ってくるのを待つ。
目を閉じれば、秋兵さんが台所でお茶をいれてくれている光景が浮かんでくる。

「お待たせ」

「ありがとうございます!」

お盆に二つの湯のみとお皿が載っていた。お皿には紙がかかっていて、何が載っているか見えない。

「秋兵さん、それは?」

「ふふふ、それはですね」

にやりと笑うと得意げに紙を取り払った。

「あ、シベリア!」

「そうです。駄菓子屋さんに寄ったら売っていたので。一緒に食べましょう」

「わぁ!嬉しいです!」

淹れてくれたお茶を一口飲むとやっぱり美味しい。

「秋兵さんが淹れてくれるお茶って凄く美味しいです」

「それは君への愛情がたくさん入っているからですよ」

「ふふ、だと思いました」

私が微笑んでそう返すと、秋兵さんは少し驚いた顔をした。

「君も言うようになりましたね。僕の言葉に慣れてしまいましたか?」

「慣れるっていうと聞こえが悪いですけど…
そうですね、慣れました。でも、嬉しい気持ちは変わりません」

慣れるくらい私への愛の言葉をくれる秋兵さん。
その気持ちが嬉しくないわけない。
変わらない愛情を毎日毎日注いでくれて、私がもしも花だったら綺麗な大輪が咲いていたんじゃないかって思うくらい愛情をもらってるだろう。

「初々しい君も好きでしたけど…僕の愛情を受け入れてくれる君が大好きですよ」

「秋兵さん…」

「さあ、一緒に食べましょう」

「あ、待ってください。一人一個は多いので、一つを半分こずつしましょう」

私はシベリアに手を伸ばし、半分に分けるとその片方を秋兵さんに差し出した。

「食べさせてくれるんですか?」

「え?そういうつもりじゃなかったですけど…」

楽しげに輝く瞳が可愛かったから、私は秋兵さんの口元へシベリアを寄せた。

「今日はトクベツですよ。はい、あーん」

「あーん」

ぱくりと食べると、残りは私から受け取って食べ始める。
そんな様子を見てから私も自分の分を食べ始めた。

「なんだかバカップルみたいですね」

「バカップル?」

言葉の意味が分からなかった秋兵さんは首をかしげた。

「…えーと、まわりが見えてない仲良しの恋人…ですね」

「それは違いますよ。君は僕の愛する奥さんです。」

そう微笑まれて、心臓がドキリとした。
ああ、慣れたなんて言ったけど、やっぱり全然慣れてない。

「梓。顔が愛らしい程赤くなっていますよ」

「…気のせいです」

「そうですか、残念。愛おしい君への言葉が響いたのかと思いました」

私の気持ちなんてお見通しみたい。
秋兵さんが嬉しそうに笑うから恥ずかしさを誤魔化すようにシベリアをまた一口頬張った。

「甘いですね」

「そうですね、まるで…」

「秋兵さんみたいに甘いです」

私がそういうと、珍しく秋兵さんが赤くなって微笑んだ。

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