普段お昼は、食堂で食べる事が多い。
今日は午後の授業が休講になり、他の当番もないので昼食を食べるために街へ出てきた。
本当はユリアナも一緒に行こうと言っていたんだけど、エリアス教官に呼び出されてしまった為、一人の昼食になってしまった。
緑の滴亭に行こうかとも考えたけれど、ユリアナと週末に一緒に行く約束をしていた為、その前に一人で行くのは憚られた。
どうしようかと街をぶらぶらと歩いていると、ベーグルに具をたっぷりはさんだサンドウィッチを見つけて、それにする事に決めた。
照り焼きチキンとレタス、ゴボウをマヨネーズで和えたものがはさんである。
ちょうどいいところにベンチを見つけたのでそこで昼食をとることにする。
「いただきます」
アサカの国では食べる前に両手を合わせるそうだ。
そう聞いてから私もその習慣を真似るようになった。口を開けてベーグルにかじりつくと、ふと私の前に誰かが立っていた。
「ねえ、そこの彼女。俺とお茶でもどうかな」
「ラスティン」
「隣、いい?」
「うん、どうぞ」
ベーグルを食べようとしていた口を慌てて手で覆うとラスティンは私の隣に腰掛けて顔を近づけた。
「こんな所で一人寂しくランチするくらいなら、俺のこと誘ってくれても良かったんじゃない?」
「ラスティンのこと探したんだけど見つけれなくて」
それは嘘。
ユリアナがエリアス教官に連れて行かれた後、ラスティンのことはもちろん探した。
ラスティンを探してうろうろしていると、ようやく見つけた彼は真剣な表情で鍛錬していた。
それを邪魔することがどうしてもはばかられて一人でやってきたのだ。
「ふーん。ランは聞き分けが良すぎるところが良くないね」
「え?」
ラスティンは私が持っていたベーグルを私の手ごと引き寄せ、一口かじりついた。
「……っ!」
「ん、結構イケるね。これ。俺も買ってこようかな」
「…ラスティンの分も買ってあるんだけど、食べる?」
一人分だけ買うのは味気なくて、ラスティンの分も買っていたのだ。
袋から彼の分を取り出すとラスティンは驚いたように私を見た。
「俺が来るっておもってた?」
「…来るとはおもってなかったけど、来たらいいなって思ってた、が正解かな」
「はは。俺、ランのそういうところ好きだな」
私が持っていたベーグルを受け取ると、ラスティンは包みを開けて食べ始めた。
ラスティンは出会った時からいつだって優しかった。
初めて出会った時、蒼いアネモネを持って現れたラスティンにびっくりしてしまったけど、魔剣を宿した私にああやって軽口を叩いてくれたのはやはりありがたかった。
「ラスティンって…」
「ん?俺が何?」
何を聞こうとおもったんだろう。
隣から伝わるぬくもりはとても心地良くて安心する。
魔剣がなくなった今、普通の女の子でしかない私はラスティンの隣がふさわしい女の子になれているんだろうか。
そんな事をうまく言葉に出来ず、私は困ったようにラスティンを見つめると、ラスティンは私の言葉を待つように優しく笑った。
そんな時、道行く人が一人立ち止まった。
「あら、ラスティンじゃない。こんなところで何してるの?」
その人は女の私から見ても綺麗な人で、大人の色香というのはこういうものだと身体で表しているような女性だった。
「見てわかんない?彼女とデート中」
「健全なデートだこと」
「うるさい。あんたには関係ないだろう」
「そうね。それじゃあまた」
私に対してもにっこりと微笑むとその女性は立ち去って言った。ラスティンは何事もなかったように私を見つめた。
「で?」
「で?」
「さっき、言いかけた言葉は聞かせてくれないのかな」
「…ええと、その…」
口に出す事はやっぱり憚られて、私はベーグルを頬張ることしか出来なかった。
食べ終わると、私の分もゴミを捨てにいってくれた。私はその後ろ姿を見つめていた。
「あの、すいません」
「はい?」
突然声をかけられ、顔を上げると知らない男の人が紙を片手に持っていた。
「ここに行きたいんですけど、道分かりますか?」
「ああ、それなら…」
メモを見せてもらい、道順を伝えると男の人は安心したように笑った。
「ありがとうございます。さっきから同じところをぐるぐるしていて困っていたんです。助かりました」
「いえ、お気をつけて」
男性を見送ると入れ替わるようにラスティンが戻っていた。
「ありがとう、ラスティン」
「…うん」
「ラスティン?」
なんだか不機嫌そうな顔をしているラスティン。
何かあったのかと思い、顔を覗きこむとラスティンはため息をついた。
「あー、俺かっこわるい」
「え?」
そう言って、周囲に人がいるにも関わらずラスティンが私を抱き締めた。
「ごめん」
すぐ離れたぬくもりに動揺が隠せない。
けど、このままラスティンが離れるのは嫌だから私は慌てて彼の手をとった。
「ラスティン、言葉にしてくれないと分からないよ」
「…わるい」
きゅっと手を握ると、ラスティンは降参だといわんばかりに額に手を当てた。
「ちょーっとヤキモチ妬いた」
「ヤキモチ?」
「嘘、かなり妬いた」
「え?え?」
いつ妬くような事があっただろうか。
私が困惑していると、ラスティンが私の手を握り返した。
「今、知らない男と話してただろ?
道を尋ねてただけって分かるけど、あんたの笑顔は俺が独占したいって思っちゃったんだよね」
「…ラスティン」
「それに引き換え、ランはさっき俺に女の人が話しかけてきても動じないし、どっちが年上だかわかんないなーって反省してたところ」
「私だって妬いたりするよ。
さっきの人は仕事関係だろうなって思ったし…その、ちゃんと相手にも彼女って言ってくれたから妬かないでいいんだっておもったし」
そう、ラスティンは私が不安がるような事は一切しない。
初めての恋に戸惑う事も多い私だけど、ラスティンは過剰な不安を与えるような真似は決してしない。
「それに…ラスティンが私にちゃんと好きだっていう事伝えてくれるから不安にならなくて済んでるのかもしれない」
「本当にあんたは…」
繋いだ手を持ち上げて、私の手の甲にラスティンはそっと口付けた。
「きゃっ」
「ランのそういうところ、好きだよ」
初めて出会った日にもこうして手の甲に口付けられた。
あの日から一年も経っていないのに、いつの間にこんなに好きになったんだろう。
ラスティンに恋をしていない自分を思い出せない。
「私もラスティンのそういうところ、好き」
好きという言葉を口にすることにはまだまだ慣れないけど、彼が私にしてくれるように、私も彼に安心をあげたい。
だからもう少し頑張ろう。
「言葉にしなきゃいけないのは私のほうだね」
「ゆっくりでいいよ。頑張るあんたも好きだけど、俺の前では無理しないで欲しいから」
「うん、ありがとう」
私にはもうトクベツな何かはないけれど。
ラスティンの隣にいる自分がいつでも胸をはれるような自分でいたいから。
「また今度、ケバブサンド食べたいな。その時は付き合ってくれる?」
「ああ勿論。可愛い彼女のお願いならいくらでも」
そう返事をすると、ラスティンは私にウィンクしてくれた。