紳士のたしなみ(尊×市香)

久しぶりに重なった休日。
家でのんびりするのでも良かったが、休みが重ならない限り俺と市香の世界はほぼ俺の家で終わってしまう。
さすがにそれも良くない。
昨夜家に泊まった市香が朝食の支度をしている姿を見つめながら俺は口を開いた。

「出掛けるか」

「え?」

フライパンに溶き卵を流しいれた音のせいで届かなかったのか、市香は不思議そうに顔を上げる。

「笹塚さん、何か言いましたか?」

「だから、出掛けるぞ。今日」

ぶっきらぼうに伝えると、すぐさま嬉しさに満ちた返事が聞こえた。

 

 

 

 

「ふふ」

俺の腕をぎゅうっと掴む市香はご機嫌だ。
平日休みのありがたいところは街中がそんなに混んでいないという点だろうか。
市香がいなければ休みなんて大して関係ないのだが、ご機嫌な恋人を横目で見て、外に出て良かったなどと思ってしまう。

「笹塚さんが出掛けようなんて珍しいですね」

「たまにはな」

恋人・・・市香を喜ばせたいとはまぁ、そこそこ考えている。

「もう秋なんですもんね、はやいですね」

「もうすぐ一年か」

出会ったのは12月。
めまぐるしく時間は流れ、気付けばもう秋だ。
一年前、誰かが俺の隣にこうしているだなんて想像もしていなかった。
市香をちらりと見ると目が合った。

「バカ猫に懐かれるだなんておもってなかったな」

「笹塚さんは優しくなりましたね」

「生意気言うな」

市香の額を指で軽くはじく。
ふと、ショーウインドウに展示されているワンピースに目を奪われる。

「おまえ、ああいう服着ないよな」

「え?ああ、そうですね。職業柄、ついつい私服も動きやすくて可愛いものを・・・って選んじゃうので。
でも、ああいう服も可愛いですよね」

市香もそのワンピースを見つめると、目を輝かせた。
確かにこいつが着る服は似合ってはいるが、ふわふわした感じのものは見たことがない気がする。

「行くぞ」

「えっ、どこへ?」

市香を引っ張るように歩き出し、そのワンピースを飾ってある店に入る。
店員のいらっしゃいませーという言葉を聞き流しながら目当てのワンピースの前へたどり着いた。

「ほら、着てみろよ」

「え!?でも」

ワンピースを手に取ると、市香へ押し付ける。
服の上からあてただけでも十分似合いそうに見えるけどな。
えんじ色でまとめられたそのワンピースは、真ん中に花柄があしらわれている。
裾の方にかけてボリュームを出しているのか、ふわふわとした感じが普段の市香にはないもので興味をそそる。

「いいから早くしろ」

「うっ・・・わかりました」

市香はようやくワンピースを受け取り、試着室へと入っていった。
待っている間、近くにある椅子に腰掛けて待っていると、店員が何かを持って近づいてくる。

「今、カップルさんにこういうの人気なんですよー」

「ふうん」

そう言って見せられたのは皮製のアクセサリーだ。

「彼女さんの服にはこちらのベルト。彼氏さんはこのブレスレットってすると、隠れたペアになるんです」

ペアといえば、同じTシャツを着たりする痛々しいやつしか浮かばなかったが、こういうものもあるのか。
感心してそれを手に取ってみると、確かにこれくらいならいいかもしれない。

「笹塚さん、どうでしょう」

カーテンを開く音がして、顔をあげると恥ずかしそうに頬を染めながら着替え終わった市香が立っていた。

「へえ」

上から下までじっくり見ると、市香は言葉を求めるように俺をじっと見つめた。

「今着てるのと、これ。会計」

「ありがとうございますー!着ていかれますか、そちら」

「え!?え、っと」

「ああ、着てきた服つめてもらえよ」

「かしこまりました。では、お会計こちらへ・・・とその前にベルトつけさせていただいてもよろしいですか」

「ああ」

「笹塚さん?」

あれよあれよと言う間に話が進むもんだから市香は何が起きたかわからないというように困惑している。
その市香を置いて、さっさと会計を済ませると店員から俺用のブレスレットを受け取った。

「彼女さん、気付いたらお喜びになるとおもいますよ」

曖昧に笑って見せると、追いついた市香が不思議そうにその光景を見た。
あっという間の買い物を済ませ、店の外に出ると市香は口を開いた。

「あの、ありがとうございます」

「まあ、たまにはな」

「笹塚さんは自分のもの、何か買ったんですか?」

「さあな」

「さっき受け取ってるの見たんですけど」

「さあな」

聞き流しつつ、受け取ったブレスレットをつけてみせる。
市香はそれを見つめた後、自分の腰のベルトに視線を落とした。

「-っ!それって」

「いいから行くぞ、バカ猫」

照れを誤魔化すように市香の手を取って歩き出す。

「嬉しいです」

きゅっと俺の手を握り返した市香の可愛い言葉に予想外に照れる自分がいる。

「男が女に服をプレゼントすることの意味、分かってるか?」

「え?」

意地悪くそう言ってみれば、意味がわかったらしく俺以上に赤くなった市香を見て、俺は小さく笑った。

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