例えばの話。
明日、世界が終わるとして俺は何をしているだろうか。
変わりなくキーボードを叩いているのか。
それともドーナツを貪るのか。
アイツの隣にいるのか。
End of the world
「あー、疲れたなぁ…ちょっと一服いれるか」
一段落ついた同僚たちが思い切り伸びをしたり、首をまわしたり始める。
俺はドーナツをかじりながら、キーボードを打つ手を止めない。
「笹塚も休憩はいれば?」
「俺はまだいい」
「そう。そういやこないだ差し入れ持ってきてたのって笹塚の彼女?」
俺は休憩に入らないと言ったつもりなんだが、雑談を吹っかけてくる同僚。
多分ドーナツを食べていなかったら舌打ちしていただろう。
「そうだけど」
「結婚とか考えてんの?」
「さあ」
こいつにそんな事を言う必要はない。
解析データを上から下まで目を通し、スクロールさせる。
「俺も結婚したばっかりの頃はさー、家に帰るのうきうきしたけどさー。
今じゃなかなか帰れない中家に帰っても『あら、あなたもう帰ってきたの?』だって。
女は結婚すると変わるんだよなー。おまえも気をつけろよ」
「……ところで、提出してきたデータ、間違ってるから休憩終わったらもう一回チェックかけろよ」
「え!?」
「俺も休憩してくる」
食べかけのドーナツを口に押し込み、俺はそいつを残して部屋を出た。
新鮮な空気が吸いたくて、非常階段に出て、スマホを取り出す。
市香からのメールをチェックすると、「今日の夕食、何か食べたいものありますか?」というのと「巡回中に出会いました」と猫の写真が添付されていた。
猫の写真には市香の影も映りこんでいて、彼女の存在にほっとする自分がいた。
深く息を吐いてから、着信履歴から市香を選んで電話をする。
『笹塚さん?お疲れ様です』
数コール後に声がした。
「ん、おつかれ」
『何かありました?』
俺を気遣う声に安堵する。
「いや、今日は魚が食いたい」
『・・・分かりました。そうですね、旬ですし秋刀魚にしましょうか』
「ああ、いいな」
市香も仕事中だし、そろそろ休憩を終わりにしないといけないな。
「じゃあ、また夜な」
『はい、また夜に』
そう言って電話を切る。
握り締めたスマートホンが少し熱を帯びていた。
予定より一時間遅くなったが、仕事が終わり部屋に帰ると市香がキッチンに立っていた。
「おかえりなさい、笹塚さん」
「ん、ただいま」
俺に駆け寄ると、嬉しそうに笑った。
「バカ猫、火ついてんじゃないのか」
「今秋刀魚焼いてるところなんで大丈夫です」
「あっそ」
上着を脱ぐと、それを床に放って市香を抱き寄せた。
彼女の首筋に顔を埋めると、市香が俺の頭をあやすように撫でた。
「・・・なんだよ、それ」
「笹塚さん、なんだか元気ないように見えたから」
「ガキ相手にしてんのか」
「違います。恋人扱いしてるんです、これでも」
「バカ猫のくせに」
「あ、今日の猫の写真見てくれましたか?可愛くて、笹塚さんにも見せなきゃ!っておもって」
「あーかわいかったな」
お前の影が映っていることに安心したなんていえない。
ぐりぐりとまるで猫が甘えるように市香に頭をこする。
普段なら絶対しない。なんだか今日は少し落ち込んでいるみたいだ。
「今日の笹塚さん、猫みたいです」
「・・・バーカ」
掠めるようにキスをすると、ようやく身体を離す。
一瞬の口付けに驚いたようだが、俺が離れるとコートを拾ってハンガーにかけた。
「早く弟独り立ちさせろよ」
「・・・それは追々」
何度目かになるやりとり。
眠る時も起きる時も一緒にいたい。
離したくない、と馬鹿みたいに願ってる。
(もしも、明日世界が終わるならー)
「市香は俺の嫁になっても、俺の事・・・」
「大好きですよ、だから笹塚さんも私のことずっと大好きでいてくださいね」
そう言って、笑った市香は驚くくらい綺麗で、愛おしかった。
(俺はやっぱりお前といたい)
そんな事を考えた、とある秋の日。