「お疲れ様です!」
新曲の収録が終わり、ブースから出てくる愛染さんに飲み物を手渡す。
「ありがと、つばさ」
それを受け取って、にっこり笑うとごくごくと一気に飲み干した。
ソファに座ると、ブースに入った金城さんを真剣な眼差しで見つめる。
あの一件があってからか、愛染さんの雰囲気・・・といっていいのか周囲に対する目線が変わった気がする。
「愛染さん、喉の調子大丈夫ですか?」
「うん、平気平気」
視線は私に映すことなく、金城さんを黙って見つめている。
そう、メンバーを大事にするようになった気がする。
以前からも周囲への気配りは素晴らしかったけど、なんだろう・・・本気になったんじゃないかなと私は思っている。
「あー・・・そっか」
ここはこうやって声を出すのか、という意味なんだろう。
サビに入る手前につぶやいた言葉。
「ねね、つばさちゃん」
「どうかしました?」
「ケンケンさ、変わったよね」
私にそっと耳打ちする阿修くん。
ああ、彼の目からみてもそう見えるんだ。
伝わっているんだ、と思うとなんだか私まで嬉しくなった。
「良い事ですね」
「うん、そうだね」
私たちは二人でひっそりと笑った。
それに気付かない愛染さんではない。
阿修くんがお手洗いに行くと出て行くと、私の髪に愛染さんの手が伸びた。
「なに二人で話してたの?随分楽しそうだったね」
「ふふ。愛染さんの話、してたんですよ」
「俺の?」
「はい、愛染さんが変わったねって」
嬉しくて、ついさっきのやりとりを話す。
愛染さんは驚いたように目を見開いた。
「・・・つばさの目から見て、俺はそんなに変わったんだ」
「今までも適当だったわけではないですけど、本気になったんだっていうのが私の目から見ても分かります」
「・・・・・・」
「今も真剣に金城さんの収録聞いてますもんね。先に収録していた阿修くんの時もそうでした」
愛染さんは指先で弄んでいた私の髪から手を離す。
なんだか泣きそうなカオに見えて、ドキリとした。
「本気で欲しいと思うものは作らないようにしてたんだ。
そこそこに、それなりで、良かったんだけどな」
「愛染さん?」
そう言って、彼の顔がゆっくりと私に近づいて。
もしかしてこれってキス・・・!?
拒まなければいけない、だって彼はアイドルで。私はA&Rだから。
だけど、身体は自分の意思に逆らうように動かない。
「ん、」
口付けられたのは、額だった。
驚いて、私は自分の額を両手で押さえる。
「本気で欲しくなった」
「え・・・?」
「ちょっとコンビニ行ってくるね。すぐ帰る」
見た事のない凄く真剣な瞳で私を見つめると、いつものように笑みを刻んだ顔に戻る。
そして、部屋を出て行った。
本気で欲しくなった、って何を?あんな瞳で、何を求めてるのだろう。
「はい、オッケー!金城くん良かったよー!じゃあ15分休憩して三人で!」
「ありがとうございます。・・・何赤くなってんだ、おまえ」
ブースから出てきた金城さんはいぶかしげに私を見る。
「い!いいえ!!お疲れ様です!」
「ん」
上擦った声が出てしまうが、慌てて金城さんのドリンクを手渡す。
何も追求されることはなく、誰にも見られていなかったことに私はほっとしていた。
「あっれー、ケンケン!どうしたの、こんなところで」
トイレから戻ってくる悠太と廊下で出くわす。
部屋から出た後、思わずあふれ出てしまった気持ちが恥ずかしくなり思わずうずくまっていた。
「ああ、いや。なんでもない」
「そう?先に戻ってるねー」
立ち上がった俺を見て、悠太はなんでもないと判断してくれたのか俺とすれ違う。
「ああ」
「カオ、赤いから熱冷ましたほうがいいよ。じゃーねー」
見られていなかったはずなのに、バレバレの表情をしていたらしい。
今更あれくらいで赤くなるなんて・・・
でも、俺以上に真っ赤になっていたつばさの顔を思い出すとまた顔が熱くなる。
軽く自分の頬を叩いた。
(-でも、本気にさせたのはつばさなんだから。本気で手に入れる)