「ん~っ!」
今日の仕事も無事に終わり、私は思い切り伸びをした。
皆さんの撮影中はその様子を傍で見つめて、何か不備はないか、彼らが何か困っていないかに気を配るのが仕事だ。
自然と身体に力が入ってしまうためか、今までなったことのなかった肩こりに悩まされたりする。
でも、それも少しでも皆さんの役に立てるなら嬉しいことだ。
外はすっかり暗くなっていて、時計を見ると22時を過ぎていた。
「何してんだ、こんなところで」
「あ、お疲れ様です!金城さん」
コンビニの袋をぶら下げて帰ってきたのは金城さんだった。
「で?」
「北門さんに次のお仕事のときに使う資料を届けに来たんです」
「あっそう」
「はい!お疲れ様です!」
ぺこりと頭を下げて、金城さんの横を通ろうとすると突然腕を掴まれた。
驚いて顔をあげると、私を掴んだ張本人のほうが私より驚いた顔をしていた。
「-っ、わりぃ」
「いえ、どうかしました?」
「…いや、買い忘れたものあるから俺も途中まで行く」
「え?でも、今コンビニから…」
「だから!忘れたんだよ」
視線を逸らすと、私の手首を掴んで歩き始めた。
慌てて金城さんの背中を追うように歩くが、男の人の歩幅に比べれば私の歩幅なんて小さくて。
手を引かれてるから自分だけゆっくり歩くなんてこともできなくて。
「あ、あのっ!金城さん!」
「ん?」
「ちょっとだけ歩くの、ゆっくりしてもらえればありがたいですっ!」
息の上がった様子の私にようやく気付き、金城さんは舌打ちした。
「わりぃ、無理させた」
「私こそ歩くの遅くてすいません」
「…女って、歩幅も違うんだもんな」
ぼそりと呟かれた言葉になぜかときめいてしまった。
…いや、女の子扱いされたからってそれくらいで喜んでどうするの。
首をぶんぶんと振り、邪念を追い出す。
でも、私の手首を掴んだままの金城さんの手は一体…どういう意味なんだろう
しばらくロクな会話もしないまま歩いていると、金城さんが目指していたコンビニがあった。
「金城さん、コンビニありましたよ」
「見りゃわかる」
「え?」
「ついでだから駅まで送る」
「…ありがとうございます」
この時、初めて気付いた。
わざわざ私のために帰ってきたばっかりだったのにもう一度外へ出てくれたこと。
私を気遣って、手を引いてくれていることも全部。
駅に着くと、私の手から金城さんのぬくもりが離れた。
「ありがとうございました!」
「ついでだっただけ」
「…それでも、ひとりで夜歩くのって得意じゃないのですっごく嬉しかったです。ありがとうございます」
素直にそう言葉にすると、金城さんは照れたのか口元を覆って私から視線を逸らした。
「気つけて帰れよ」
「はい!ありがとうございます!金城さんも気をつけて帰ってくださいね!
明日もよろしくお願いします!」
ぺこりと頭を下げ、私と金城さんは別れた。
階段を下りる前にちらりと振り返ってみれば、同じタイミングで金城さんも振り返っていて、目があう。私は笑みを浮かべて、小さく手を振ると、金城さんも軽く手をあげてこたえてくれた。
(明日も頑張れそう!)
私は嬉しい気持ちを抑えながら、改札まで小走りで歩いた。
「あっれー?ごうちん!僕のアイスは?」
「あ?ほらよ」
手に持っていたビニール袋を渡すと、悠太はすぐさま袋をのぞいて悲鳴のような声をあげた。
「溶けてるじゃん!ねぇ、ごうちん!とけてる!!」
「冷凍庫にでもつっこんどけ!」
「…ごうちん、寄り道したでしょ」
「さあな」
寄り道…というか、ちょっとした…
「デートだったりして」
「-っ!」
「え、そうなの?ケンケン見たの?」
「さあね」
「うるせー!俺は寝るからな!!」
「はいはい、おやすみ~」
「あーあ、僕のアイス」
悠太と健十からの視線から逃げるように自室へ戻った。
「はぁ…マジでやばいかもな」
別れ際のあいつの表情と、さっきまで触れていた手のぬくもりを思い出して、年甲斐もなく赤面してしまった。
今別れたのにもう会いたいなんて、バカみたいだな。