「ドーナツの中にクリーム入ってるのとかは好きじゃないんですか?」
ある日のことだ。
某ドーナツチェーン店がセールをしているらしいと聞いて、ドーナツを買って俺の家へやってきた。
俺がいつも食べているドーナツとは別に市香が食べる用のドーナツが袋には入っていた。
「あんまり食べないな」
「あ、折角だから一口食べてみますか?」
市香が食べているのは生地のなかにクリームがこれでもかと言わんばかりに入っているドーナツだ。
ドーナツといえば、真ん中に穴が空いているものが王道だろう。
どちらかとえいば、俺はそういう方が好きだ。
中に何かが入っているというのは、どちらかといえばパンのような気がする。
差し出された食べかけのドーナツをじっと見つめると市香が不思議そうな顔をする。
「いりませんでしたか?」
「間接キスだけど、いいんだ?あー、そうだよなぁ。間接キスなんてさすがにもう気にならないか。あれだけ…」
「きゃーっ!やめてください!そういう言い方!!恥ずかしいですっ!!」
「だってそうだろう?さっきだって」
言葉を続けようとしたら俺の口を塞ぐかのようにドーナツが口に押し込まれる。
「恥ずかしいんです!そういう事言われるの!!」
分かってて言ってるし、そうやって赤くなって怒る姿が見たくて言ってるんだけどな。
口の中に入ってきたドーナツを咀嚼すると、口の中にクリームの甘味が広がる。
「自分の分、全部俺に突っ込んでどうするんだよ、バカ」
「だ、だって…。でも美味しかったですよね?」
「ん、そりゃあな」
「じゃあ、良かったです」
口の端についた生クリームを指ですくい、ぺろりと舐める。
それから自分の分のドーナツを差し出す。
「食べるか」
「だって、それは笹塚さんの分…」
「お前の分、俺が食べたんだからおあいこだろ」
「間接キスだけど、いいんですか」
仕返し、とばかりに市香はそんな事を口にする。
間接キスでお前みたいに照れるわけがないだろうが。
「そうだな、俺は間接キスよりもこっちの方がいいんだけどな」
「え?」
空いてる手で市香の顔を引き寄せ、唇を奪う。
生クリームの味がするキスなんて、甘すぎる。
舌を吸い上げて、ようやく解放してやるとさっきよりも真っ赤な顔で目を潤ませていた。
「笹塚さんのそういうところ、ずるいです」
「なんだよ、ほら。ドーナツ食べるだろ?」
「いります……」
ようやく俺から受け取って、ドーナツを食べた。
「うまいか?」
「美味しいです」
「さっきのキスとどっちがあまい?」
「…それは内緒です」
「あっそ」
自分のことを好きな子をいじめたい人種だとは薄々気付いていたが、
笑った顔も怒った顔も拗ねた顔も、泣いた顔を全部全部見たいと思う相手は多分生涯コイツだけ。
「笹塚さん、顔笑ってます」
「ああ、幸せだからな」