それぞれの幸福論~岡本契の場合~(契×市香)

このまま無意味に生きていくなんて選択肢、オレには存在しなかった。
そもそもそんな選択肢が突然目の前に突き出されたってそれを選ぶつもりなんてなかった。

 

「岡崎さん」

「なに?」

市香の部屋にあったマカロンの形をした枕。
オレも同じものを一緒に買いに行って手に入れた。
ふかふかした感じがちょうど良くて、部屋にいるとついつい寝転がってしまう。

「ちょっと味見してもらってもいいですか?」

エプロンをつけた市香が小皿を持ってオレの傍に来る。
転がっていたオレは身体を起こし、口を開ける。

「岡崎さんはひな鳥みたいですね」

「そう?」

口に運ばれたのは豚肉だった。確か得意料理のうちの一つだと話していたような気がする。

「少し味濃いですか?」

「ううん、そんなことないよ」

「良かった。漬け込みすぎちゃったかなって慌てちゃいました」

「大丈夫大丈夫。キミは料理が上手だよ」

にっこり笑うと、市香ちゃんの手から小皿を奪って近くのテーブルに置き、ぐいっと引き寄せた。
突然のことに驚いたのか、市香ちゃんはバランスを崩しオレの上に倒れてきた。

「もうすぐお夕飯ですよ」

「うん、そうだろうね。いい匂いするもんね」

くんくんと嗅ぐと自分の部屋とは思えない生活観のある香りがする。
彼女が家に来るようになって、少しずつキッチンにものが増えていった。
彼女がいない時も、彼女がここに戻ってくる証のようでオレは嬉しくなって調味料の位置とかを無駄にいじってしまう。

「市香ちゃんもいい香りする」

「恥ずかしいからダメです」

「オレと同じシャンプー使ったはずなのに、キミからする香りはいい香りだね」

「……」

恥ずかしさを誤魔化すようにオレの首筋に顔を埋めてくる。
猫さん、と呼んでいた頃を思い出す。
あの頃は、こんな気持ちなかったけど可愛いなぁとは思っていた。
今はあの頃では比じゃないくらい可愛いというか、愛おしいと思っている。

「市香ちゃん」

彼女の髪を弄ぶように指でくるくるとする。
ふわふわと柔らかい髪。いつまでもなでていたい。

「市香ちゃん」

そのまま手を移動させ、背中を撫でる。
背中はくすぐったいらしく、軽く身をよじるが無視して触り続ける。

「市香ちゃん」

「…なんですか、岡崎さん」

「いつまで岡崎さんって呼ぶの?」

「…まだ慣れないんです」

「ふふ、だろうね。
いつかさ、病めるときも健やかなるときもって誓う日が来てさ」

「え?」

「年をとっていって、おじいちゃんとおばあちゃんになってキミと縁側でお茶飲んだりする未来も悪くないなって」

「…、岡崎さん」

「そんな風に思うんだ」

意味のある死を求めた。
それは呪いのようにオレを縛り続けた。
けど、トクベツな人をこの手で守りきり、意味のある死以外に、いや…それ以上にトクベツなものを見つけた。
腕の中にいるその人をぎゅうっと抱き締めると、彼女の腕がオレの背中に回った。

「契さん、素敵な未来だとおもいます」

「うん…」

泣きそうな声で、オレにそんな事を言う。
ああ、もう絶対手放してなんかやらない。
オレは彼女の存在を確かめるように抱き締める腕の力をもう少しだけ強めた。

 

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