明日、アベルがニルヴァーナからいなくなる。
アベルが決めた前向きな決断。
だから私は笑顔で送り出さなきゃいけない。
けれど、今まで傍にいた人がいなくなるのは苦しい。
それが自分の好きな人ならなおさら・・
消灯までもうあまり時間がないけれど、そのまま眠る事なんて出来そうにない私はルナリアの花を眺めて気持ちを落ちつけようと部屋を出た。
アベルも寂しいと言ってくれたし、迎えにきてくれると約束してくれた。
それでも、離れる寂しさが胸の内を大きく占めていた。
アベルがプレゼントしてくれたペンダントは、服で隠れているけれど胸元で確かに輝いている。
それをぎゅっと握り、ルナリアの花を見上げた。
「・・・寂しいな」
言っても仕方がない事。
「俺も寂しいって言っただろう」
突然後ろから声がして、慌てて振り返るとそこにいたのは私が会いたいと願っていた人・・・アベルだった。
「アベル・・・どうして?」
突然の事で私は慌てて目に滲んでいた涙をぬぐう。
私の隣に立つと、彼もルナリアの花を見上げた。
「この花も見おさめだと思ったから、見ておこうと思ったんだよ」
「そうなんだ」
「お前が・・いるかもしれないって思ったのもあるけど」
アベルのその言葉に驚きを隠せなくて、私は彼を凝視してしまった。
その視線に気づいて、彼は呆れたような表情をした。
「おかしいか?お前に会えるんじゃないかってここに来るの」
「ううん・・・嬉しい」
今は凄く凄く嬉しい。
だけど、明日からここに来ても・・・ニルヴァーナ中を探しても貴方はどこにもいない。
それがまた苦しくてぬぐったはずの涙がぽろりと零れた。
「泣くな」
「ごめんなさい・・・、アベル」
たまらなくなって、私は彼の胸に自分の額を押しつけた。
離れる事が苦しい。
どうしてこんなに苦しいんだろう。
初めての恋。
誰かにこんなにも強く会いたいと願った事一度もなかった。
誰かに触れたいと願ったことなかった。
私はもう、アベルがいないと苦しくて苦しくて仕方がない。
「ラン・・・好きだ、好きだ」
アベルは泣きやまない私を壊れてしまうんじゃないかって思うくらいきつく抱きしめた。アベルの香りがする。
「私も・・・っ、離れたくない・・・」
子供のように我儘を口にして、アベルを困らせて。
呆れてしまうんじゃないか、嫌われてしまうんじゃないかって気持ちが駆け巡るけれど、涙は止まらない。
そんな私の顔にそっと片手を添えて上を向かせられる。
触れ合う唇が、いつもより優しくて彼の愛情を表現しているようだった。
どれくらいの間、唇を重ねていただろう。
身体をそっと離す頃には私の涙も止まっていた。
「ごめんなさい、アベル・・・
もう、こんな風に泣かないから」
無理矢理笑顔を作るとアベルは私をもう一度、ぎゅっと抱きしめた。
「早く迎えに来る。
お前の事毎日想う。
手紙も書く・・・
だから、俺だけのものでいてくれ」
泣くな、とは言わないでくれた。
きっと私がこれから先もこうやってたまにたまらなくなって泣く事を彼は分かっている。
「うん・・・離れててもアベルがずっと好きだよ」
「ああ」
そうして私たちは微笑みあった。
「ねぇ、アベル。指きりしよう?」
「指きり?」
「うん、離れてても好きでいるって」
「ああ」
優しく笑うとアベルは小指を差し出してきたから私もそれに絡める。
そうして約束しあって微笑みあった。
「アベル。
次に会う時はアベルがびっくりするくらい素敵になってるからね。
待っててね」
悲しくなる時があっても今日の事を思い出せば頑張れる。
離れていたって私たちは想いあっていられるから。
「期待してる」
見回りにきたエリアス教官は今夜だけは許してくれたようで私たちの姿が見えるとそっと見なかったことにして戻っていってくれたようだ。
だから時間が許す限り、今日はずっと一緒にいよう。
二人でルナリアの花を見ていよう。
そっと繋いだ手が、また触れ合う日を信じて。