「…なんや、そんなじっと見つめて」
季節は夏から秋に移り変わる頃。
夜はTシャツでいると寒くなってきたそんな時期。
お風呂から上がると、千木良先輩は私の部屋へ来ていた。
「先輩、眠くありませんか」
「ん?眠いんかお前」
「いえ、全然。お気遣いなく」
「じゃあ何やねん、今の話題振り」
「眠いのであれば、ぜひ」
ぽんぽんと膝の上を叩くと、わざとらしくため息をつかれてしまった。
眉間を指で揉み解すと、私を見つめた。
「お前は誘っとんのか」
「ええ、誘っております。ぜひ、どうぞ」
「そういう誘うじゃなくてだな…」
恋人同士の過ごし方、というものを教えてもらったのだ。
いちゃいちゃする、ということの具体例が分からずしばらく実行できていなかったけども情報を入手してきたのだ。
いざ実戦!と思い、千木良先輩に訴えるとあまり喜ばれない。
「以前、屋上でお誘いした時には膝枕を受け入れてくれました」
「そん時と今は状況がちゃうやろ」
「先日も今も二人きりです」
「…あー、そやな」
「私はもう少し千木良先輩に触れたいですし、触れられたいです」
「…お前は本当にそういう事を臆面もなく言うなぁ」
最近少しだけ先輩のことがわかってきた気がする。
照れる時、彼は目を閉じて眉間に皺を寄せるのだ。
照れくささを誤魔化そうとしている表情、私はその表情もとても好きだ。
「さあ、どうぞ。遠慮なさらずに」
「はいはい、そうまでいうならしてもらうわ」
ごろんと私の膝の上に頭を乗せる。
先輩は仰向けの姿勢で、目も閉じずに私を見上げる。
「いかがでしょう、私の膝は。最近やわらかくなるように揉み解しているのですが」
「ああ、悪くないな」
「それなら良かったです」
先輩の手が私の頬に伸びる。
「なあ、風羽」
「はい」
「呼んだだけや」
「…はい」
「風羽」
「はい」
「そんな嬉しいんか?俺に呼ばれるの」
「はい。あなたがつけてくれた私の好きな名を、私の好きなあなたが呼んでくれること。
この上なく喜びを感じています」
「大げさな奴やなあ」
「そうでしょうか」
「ああ、大げさ」
そう言いながらも先輩は嬉しそうに笑う。
「千木良先輩」
「ん」
「千木良先輩」
「なんや、俺の真似か」
「いえ、私もあなたを呼びたくなりました」
「俺が言うの聞いてやりたくなったんなら俺の真似やろ、それ。」
「おお…」
「おお、やのーて…まあ、ええわ」
「でしたら今日は私が烏を数えましょうか」
「ん」
「烏が一羽…、烏が二羽…」
目を閉じて、私の声に耳を傾けているのだろう。
先輩の髪に触れると乾かしきっていなかったのか、少し湿っている。
そういえば少し太ももがひんやりすると思ったが、その正体は先輩の髪だったようだ。
「好きです、先輩」
「…烏数えてたんじゃなかったのか」
「おお、間違えてしまいました」
「間違えんな、あほ」
先輩は身体を起こすと、あっという間に私に口付けた。
「おまえの膝枕じゃイマイチ眠れんわ」
「やはり揉みたりなかったでしょうか」
「俺にはこっちがええわ」
そういって私の腕を掴んで再び寝転んだ。
まるで私を抱き枕にするような体勢で。
「先輩」
「ほら、お前も目ぇ閉じ」
「…はい」
抱き締められたまま眠れるのだろうか。
心臓が今まで経験したことがないほどドキドキいっている気がする。
「風羽、おやすみ」
いつもより少し優しい声。
それはきっと私しか知らない声。
千木良先輩は私の額に口付けた。
「おやすみなさい、先輩。
先輩の夢、見れますように」
先輩が微かに笑う声がすると、烏を数え始めた。
先輩を寝かしつけたかったのに、結局自分が寝かしつけられてしまってる。
明日また頑張ろう。
そう想いながら心地よいその声に耳を傾ける、ある日の夜の出来事。