幸福な夢を見た。
それは幼い頃の思い出。
幼い私には、好きな人がいて、その好きな人も私を好きでいてくれる。
ただただ、幸福な夢だった。
「…アイちゃん、起きてアイちゃん」
「ん」
名前を呼ばれて、重たい瞼をゆっくりと開いた。
「ナッちゃん?」
「うん、そうだよ。ごめんね、起こして」
私を心配そうに見つめるナッちゃんの顔がすぐ近くにある。
彼の指が私の目尻をなぞると、そのまま髪を優しく梳いてくれる。
「夢を見ながら泣いてたから…起こしちゃった」
「泣いてた?私が」
「うん。怖い夢でも見てた?」
「ううん、怖い夢なんかじゃないよ」
怖くて泣いていたんじゃない。
だけど、どんな夢だったのかうまく思い出せなくて、眉間に皺が寄ってしまう。
「ごめん、無理して思い出さなくていいからね」
まるで母親が泣いている子どもを泣き止ませるかのような優しい声色。
それから額にそっと口付けられる。
ドキドキするけど、安心する。
ナッちゃんはドキドキもくれるけど安心もくれる人だ。
だから幼い頃から私はナッちゃんの背中を追って走った。
転びそうになるとナッちゃんはタイミング良く振り返って私を抱きとめてくれる。
そうしていつも優しく笑う。
そういう人だった。
・・・だった?
「ナッちゃん」
「ん?」
「昔もこうやって私のことあやしてくれたよね」
「そんな事もあったっけ」
「うん」
目を閉じるとすぐ思い出せる。
怖い夢を見たと言って怖がる私に絵本を読んでくれたこと。
私の手を握ってくれたこと。
一緒に四つ葉のクローバーを探したあの日のことも。
「ナッちゃん、ナッちゃん」
「どうしたの、アイちゃん。そんなに何回も呼んで」
「呼びたくなったの・・・ダメかな」
「ううん、嬉しいよ」
今度は頬へ口付けられる。
唇の端にまで口付けるのに、肝心なところには落としてくれない。
ねだるようにナッちゃんを見つめると、くすりと微笑まれる。
「どこに欲しいか言ってくれないと分かんないよ、アイちゃん」
「・・・ナッちゃんは優しいのに、たまに意地悪」
言葉にするのは恥ずかしいから察して欲しいのに。
察してるのに、言わせようとするのは意地悪だ。
「拗ねるアイちゃんが可愛くて、許して」
そう笑うと、唇が重なる。
ナッちゃんの手に自分の指を絡める。
どうか、この手が離れませんように。
例え夢だったとしても、この手を離したくなんてないの。
私の想いに応えるように、ナッちゃんは強く握り返した。