当主となったレムさんは、それはもう寝る時間も惜しんで仕事にあけくれている。
私に出来ることは少なくて、傍で見ているだけなんて歯がゆい日々を送っていた。
「ふぅ」
「お疲れ様」
「ああ、ありがとう」
一段落着いたところを見計らって温かい紅茶を出すと、レムさんは微笑んだ。
目の下にはうっすら隈が出来ていて、いつか倒れてしまうんじゃないかと不安になる。
けれど、何度かそれを口にしたがレムさんは聞き入れてくれない。
だから私はあまり言わないようにして、出来る限りできることを・・・と想っていた。
「ねえ、少し休憩しよう」
「ああ、少しくらいなら構わない」
「じゃあ、久しぶりに将棋しよ!」
「ふむ、それもいいな」
人間界にいた頃もよくウリエさんと将棋を指していたことも聞いていた。
私じゃ物足りないだろうけど、少しでも気晴らしになればと密かに将棋を用意していた。
将棋盤の上に駒を並べる。はじめたばかりの頃はこれも出来なくて、レムさんに教えてもらってようやくやっていたけど、今では聞かなくても並べることはできるようになった。
「先手、どうする?」
「リツカからでいい」
「いつもいつも譲ってもらってばっかりだからレムさんからでいいよ」
「…リツカ、」
「あ、ごめん。レムからでいいよ」
敬語はようやく抜けたものの、まだ名前を呼び捨てにすることには慣れていなくてついついさん付けになってしまう。
それを聞くたびにレムは少しだけ不機嫌そうに眉間に皺を寄せる。
軽く咳払いをし、レムは最初の一手を指す。
昔からこうやってじっくり考えるゲームは苦手だ。
オセロだって角をとれば有利だと知っているのに、それが実現するように事を運ぶことができない。
今もそうだ。レムの真剣な表情を見て、ちょっとだけときめいている自分がいる。
「リツカ」
「じゃあ、こうする」
パチン、と将棋を指す。
レムの指がどの駒に触れるのか、どう打ってくるのか考えてみる。
じっくり考えるゲームは苦手だけど、レムがどんな風にゲームを進めるのか想像することが楽しい。
「うう、やっぱり負けちゃった」
「しかし、腕を上げたぞ。リツカ」
「え、そうかな」
「ああ、私もやりがいがある」
「良かった」
結局いつも通り負けてしまったが、レムに褒められたことが嬉しくて頬が緩む。
将棋の道具を片付け、もう一度淹れた紅茶をソファに並んで座り、飲みながら一息ついていた。
「しかし、毎日退屈させてしまって申し訳ない。
もう少しすれば落ち着くとは思うんだがな」
レムが申し訳なさそうに言うので、私は小さく首を横に振った。
「退屈だなんて思っていないよ。レムの助けになれればとは毎日思ってるけどね」
レムの手が私の頬に触れた。
少しだけ熱を持った指が私を愛おしそうに撫でる。
「お前はこうして私の傍にいてくれるだけで助けになっている。
こうやって一緒に将棋が出来るのも嬉しいんだ」
「好きな人の好きなことを共有できるのって素敵だなって思うんだ。
だから私もこうやってレムの好きな将棋を覚えるの楽しいよ」
「…リツカ」
「こうやってお互いの好きなもの共有していけたらいいね」
「ああ、そうだな」
頬に触れていた指が私の顎へと滑る。
そして、軽く持ち上げてレムのほうへと顔を向けさせられる。
「では聞こう、リツカ。おまえの好きなものはなんだ?」
「ふふ、それは…レムだよ」
笑って答えると、レムは嬉しそうに笑った。