紋白さんは猫みたい。
そして飼い猫ではなくて、野良猫。
気まぐれに近寄って、気付いたらいなくて。
いつ会えるか保証がなかったあの頃の紋白さんは、まるで猫だ。
「紋白さん、ちょっと近すぎないかな」
「いつもと変わらない」
「うーん。だけど、ちょーっと近い・・・かなぁ」
お面越しだから正しいか分からないけど、紋白さんは私をじぃっと見つめている気がした。
その視線が恥ずかしくて、根負けして私は紋白さんから視線を離した。
私が何も言わなくなると、紋白さんはひなたぼっこする猫みたいに寛ぎ始める。
人の体温って心地よいから、ついつい私も抵抗することを諦めてしまう。
本当は恋人同士でもないのに、異性とこういう風に触れ合うことは良くないんだけどな。
紋白さんに言っても全然変わらないし、私を好きだと言うし、どうしたものかと少し困ってしまう。
甘えるようにぴったりとくっついていた紋白さんは突然私から離れた。
「紋白さん?」
「蝶々がいた」
「え?」
それはいつもの蝶々ではないのか。
隠れ家にまで現れたのかと身体を固くし、視線をさ迷わせるが特に何もいない。
不思議に思って紋白さんに視線を戻すと、紋白さんは突然走り出し、飛び出してしまった。
「紋白さん!危ないよ!!」
慌ててその背中を追って走り出すが、紋白さんは意外に足がはやい。
走っても走っても距離は開いていく。
諦めかけたその時、急に紋白さんが立ち止まって振り返った。
「え、きゃっ」
突然のことで走っている勢いのまま紋白さんにぶつかってしまうと、ぎゅぅっと紋白さんに抱き締められた。
「ベニユリ、つかまえた」
「え、紋白さん?」
私を抱き締めると、頬ずりをするように擦り寄ってくる。
お面が当たって少し痛いが、何が起きたのか分からず抵抗できない。
「ベニユリのこと、ぎゅってしたかったからしてみた」
「・・・紋白さん」
作戦?だったのだろうか。
よく分からないが、紋白さんの胸を押して身体を離す。
「こんな危ないこと、もうしちゃ駄目だよ」
「うん、分かった。今度から普通にぎゅーってする」
「そ、それはダメ!」
「どうして?」
「どうしても!」
紋白さんの手をとり、隠れ家へと歩き始める。
「ベニユリ」
「なに?」
「手、つないでる」
「・・・そ、そうだよ」
「手、つないでいいんだ」
「~、時と場合によるの!」
「今は良くて、後ではダメなの?」
まるで子どものようだ。畳み掛けるように質問攻めにあう。
どう答えるべきか困って、私はつないでいる手を離そうと力を緩めると離すまいとそれよりも強い力で握られた。
「ベニユリから手、つないでくれた」
「・・・他のみんなには言っちゃダメだからね」
「うん、分かった」
紋白さんにくっつかれたり、今みたいに飛び出したりされてふりまわされることに戸惑っているわけではない。
本当は、気まぐれな紋白さんに振り回されるのも、つないでいる手を嫌じゃない自分に一番戸惑っているのだ。