彼に名前を呼ばれ、彼の名前を呼ぶことが当たり前になった日常の中で。
私はふと、島田さんに以前言われたことを思い出した。
「どうした?千鶴」
「丞さんの洋装姿、見てみたいなぁって考えていました」
新撰組のみなさんが洋装姿に変わった時、丞さんはいつもの格好のままだった。
そして島田さんは私に「戦が終わったら、選んであげては」というようなことを言ったのだ。
丞さんの洋装姿。きっとかっこいいだろうと思い浮かべる。
「…でも、あなたの洋装姿を他の方がみられるのは嫌なので我慢します」
「君は何を言っているんだ?」
私の言っている意味が分からないらしく、困ったような顔になり箸が止まった。
人の体調の機微には敏いのに、こういうところは鈍い人。
そこがまた愛おしいと思っている自分はすっかり彼のことしか考えられないようだ。
「ご自分で考えてみてください」
「…その、今日の煮付けはとても美味しい」
「丞さんの好みの味付けにしました」
江戸と京だと味付けが違う。
京にいた頃、みなさんのお口に合うようにと考えながら味付けをしたのを思い出す。
幹部の多くは江戸から来たのもあり、彼らには懐かしいと喜ばれることも多かったが、丞さんは京の出身のためなかなか口に合わなかっただろう。
食事のとき、彼の反応をこっそりと見ていたことをきっと彼は知らない。
「君はあの頃も今も俺のことを見てくれているな」
「え?」
「この菜の花の辛子和えも非常にうまい」
「ありがとうございます」
丞さんの止まっていた箸が動き出すかわりに今度は私の箸が止まった。
「京にいた頃、君は周囲の皆が食べている姿を見守っていただろう」
「…なんだかずるいです」
ばれていないと思っていたのに、知られていたなんて。
鈍いのに、敏いんだから。
「それで君の機嫌を損ねたのはなにか教えてくれるとありがたいんだが」
「丞さんのことが大好きっていうことです」
誤魔化すようにお味噌汁をすすると、丞さんは赤い顔をして私を凝視していた。
「君は…本当にずるい人だ」
「?」
「俺も君が…大好きだということだ」
咳払いすると彼は赤い顔を誤魔化すように味噌汁に口をつけた。