私たちの戦いが終わってから数日が経った。
新撰組のみんなと別れ、江戸にある雪村の家に着くとなんだか部屋が広く感じられた。
しばらく家を空けていたので、閉め切っていた部屋を換気するために戸を開けると少し冷えた風が入ってきた。
「・・・千鶴」
「長旅、お疲れ様でした。
今、お茶いれますね」
「いや、それはいいんだ」
山崎さんは何か言いたげな瞳で私をじっと見つめる。
その視線がなんだか気恥ずかしくて、私は先に目をそらしてしまった。
「やっぱり、お茶淹れてきますね」
そして逃げるように台所へと駆け込んだ。
しまってあったお茶の葉を取り出すが、香りを確かめてもう使えないことを確認する。
私がこの家を空けてもう四年以上の時が流れているのだ。
保存食たちはもう使えないだろう。
「このお茶、父様が好きだったなぁ」
診療の合間に熱いお茶をいれて持っていくといつも喜んでくれた。
目を細めて微笑むと、私の頭を撫でてくれた。
初めて作った料理、魚を焦がしてしまっても美味しいと笑ってくれた父。
思い出が詰まったこの家は、やっぱり胸が苦しくなる。
「千鶴」
「山崎さん・・・」
「君が遅いから心配になって来てしまった」
私を呼ぶ優しい声に心から安堵した。
そうだ。父の手がかりを追うために家に戻った時も彼はこうして私を包んでくれた。
「山崎さん」
「君が悲しい時、こうして傍にいることしか出来ないが・・・
それでも、君が一人で涙を流すような真似させたくないんだ」
あの時は肩をそっと抱いてくれた腕が、今は私の身体をきつく抱き締めてくれる。
その変化も嬉しくて、父様との優しい思い出が苦しくて、私は涙をこぼしながらも小さく顔を横に振った。
「あなたがいてくれるから・・・私はまた、この場所に帰って来れました」
一人だったら、この家で暮らすのはあまりにも苦しいから。
山崎さんの胸に頬を寄せた。
「俺の居場所は、君の隣だから-千鶴」
「はい、私もあなたの隣が私の居場所です」
私が落ち着くまでそのまま抱き締めてくれていた。
数刻時間が経ち、ようやく落ち着いた私の頬を優しく撫でると山崎さんは優しい瞳で私を見つめていた。
「ありがとうございます」
「いや、いいんだ。それよりも君が江戸を離れて随分経つから家の食材は使えないだろう」
「そういえばそうなんです。私もすっかり抜けていて・・・」
「だから、これから買出しに出掛けないか」
「はい、いいですね!」
二人で外に出ると、夕暮れにはまだ時間がありそうだ。
「身体は大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫そうだ」
戦いが終わってからまだ数日だが、吸血衝動は出ていない。
山崎さんは私を安心させるように微笑んだ。
「・・・それで、だ。その、もし良ければ手を繋がないか」
「え?」
「江戸は広い。はぐれたりしないように、どうだろうか」
少し恥ずかしそうに私から視線を逸らしながら、私に左手を差し出す。
「はい」
私もそれに応えるように手をとった。
「でも私ははぐれないためではなくて、ただ手が繋ぎたいから繋ぎますね」
「・・・っ、君は」
少しだけ手を握る力が緩んだかと思えば、それを取り戻すかのように強く握られた。
「これ以上、君に持っていかれる心なんてないはずなのに持っていかないでくれ」
「・・・?」
「いや、いいんだ。なんでもない」
ごほん、と咳払いをするとようやく私たちは歩き始めた。
「丞さん、大好きです」
聞こえるか聞こえないかくらいの声でそういうと丞さんは驚いたように私の顔をみた。
「今、なんて?」
「なんでもありません」
さっきの仕返しとばかりに私がそういうと丞さんは困ったような顔をした。
それが少しおかしくて私は笑みを零した。
「ほら、早くしないと暗くなっちゃいます。いそぎましょう、丞さん」
彼の手をひいて、少しだけ早足に。
きっと買い物が終わって、家で二人で飲むお茶は今まで飲んだどのお茶よりも美味しい予感がした。