「撫子ちゃんって綺麗な指してるよね」
図書室で央に勉強を教えている時の事。
央は目を輝かせて私の手を見ていた。
「央、私が見て欲しいのは指じゃなくてここの公式なんだけど」
数学の追試があるから勉強を教えて!と央が両手を顔の前に合わせて必死に私を拝むように頼んできたから今の状況があるのに。
「うん、ちゃんと見てるよ!
この公式に当てはめるとこう・・・ってこと?」
「ええ、正解」
央が解いた数式に赤ペンで弧を描く。
央は集中力が持続しないタイプで、勉強は好きな科目しか出来ない。やる気の問題なのか、分からないけれど授業をロクに聞いていない寅と似たりよったりだと以前理一郎から聞いた事がある。
央には央の得意分野があるわけだし、それで構わないのかもしれないけど。
友達として、追追試は避けさせてやらねば・・・という気持ちが湧いてきたのは秘密にしておく。
小学生の頃までは理一郎がいればそれで良かった。
幼馴染というのはちょっと喧嘩したくらいで離れるものじゃないし、長い付き合いというだけあって気心が知れていたから。
他の人と無理をして合わせて友達づきあいをする、なんて私には難しかった。
それが小学校6年生になって、知り合った彼ら。
はみ出し者の集まりだったのかもしれないけれど、それがとても心地よくて気付けば今でもこうやって一緒に過ごす事がある。
「撫子ちゃんの教え方、分かりやすいな~」
「そう?」
「うん!りったんだと怒られるし、鷹斗くんは高度すぎるし」
「・・・確かに」
それぞれの顔が浮かんで、くすりと笑みが零れた。
「ほら、央。あと3問今日のノルマがあるんだから頑張って」
「はいはーい」
ノートに向かって、真面目に向き合う央の横顔をじっと見ていた。
初めて出会った頃から2年経った。
こうやって一緒の時間を過ごせるのはあとどれくらいなんだろう。
離れる事が怖い。
居心地の良い場所にずっといたい。
誰だってそうだろう。
だけど、自分が目指すものはそういう場所にいては手が届かないから。
いつかくる別れを想って悲しむより、今を大事にしなきゃ。
「あのー・・・撫子ちゃん」
「え?」
問題を解いていた央が少し頬を赤らめて私を見ていた。
何かあったかと思って小首をかしげる。
「そんなに見つめられてると問題解きづらい・・・です」
「っ!!
ごめんなさい!」
慌てて自分のノートに目線を写す。
私だって自分の勉強をしていたはずなのに、央を見つめている場合じゃなかった。
カリカリとノートに鉛筆が走る音がする。
そっと視線をあげると、央も顔を上げたタイミングだったらしく、視線がぶつかる。
「と、解けた?」
「うん、ばっちり!」
見てみて!と央は、ノートを私のほうへと追いやる。
さっき教えた公式を使って、央はきちんと問題を解いていた。
やれば出来るの典型なのね、と思わず感心のため息をこぼす。
「え、間違ってた?」
「ううん、正解よ」
「やった!ありがとう、撫子ちゃん!」
解いた問題たちの片隅に花丸をつけてあげる。
今日の央はとても頑張ったと思うから。
「じゃあ、今日のお礼に・・・」
央は鞄から小さな包みを取り出した。
綺麗にラッピングされたそれはクッキーだった。
「央が作ったの?」
「もちろん!撫子ちゃんに食べてもらいたくて」
「・・・ありがとう」
包みを渡されるとき、少しだけ指先が触れ合った。
少し驚いたけど、顔に出してないからバレていないと思う。
その・・・一瞬ドキっとしたことは。
「でも、ここじゃ食べれないわね」
図書室は飲食厳禁だ。
せっかく央のクッキーをもらったのに、すぐ食べれないことが残念で少し俯いてしまう。
「家でゆっくり食べて」
央はにっこり笑うと私の頭を軽くポンポンと触れた。
それがあまりにも自然な動作で、驚くのと同時に顔が一気に熱くなる。
「ええ、ありがとう」
慌てて視線をそらして、帰り支度を二人で始める。
どうしよう、私・・・央にドキドキしてる。
央はきっと円にするような気持ちでしたって分かってるのに。
帰り支度が出来たので、二人で並んで帰り道を歩く。
いつもどおりの央。
しばらく歩くと、分かれ道。
「それじゃあ撫子ちゃん、今日はありがとね」
「明日も頑張りましょ」
にこりと笑えば、央もそれに応えて微笑む。
軽く手を振って、彼が背中を向けた瞬間
いつもなら平気なのに、今日はなんだか苦しくて。
気づいたら私は央の制服の裾を引っ張っていた。
「っ・・・なでしこちゃん?」
「あの・・・央」
驚いたように振りかえった央の顔は夕焼けのせいなのか、赤い。
「もう少しだけ一緒に・・・いたいの」
言葉の後半は多分とても小さくて、聞こえなかったかもしれない。
恐る恐る央の顔を見ると、夕焼けのせいじゃないくらい真っ赤になっていて驚いてしまう。
「撫子ちゃん、可愛すぎだよそれ・・・」
自分の頭をがしがしと掻くと、私の手を服の裾からそっと離させる。
「家まで送ってもいい?」
「ありがとう、央」
服の裾から手を離させるために私の手をとったはずの央の手は、私の家の前に着くまでそのままだった。
きっと央にとっては意味のないことかもしれないけれど、あの瞬間から密かに芽生えていた感情が動きはじめた。