休みの日はいつもいつも森の見回りをしていた俺たちだけれど
(それでいいと思っていたのは俺だけだったんだけど)
今日は珍しく城下まで足を伸ばしていた。
「ねぇ、ヴィルヘルム。これどうかな?」
女という生き物は買い物が好きなんだと寮で誰かが言っていたのをふと思い出す。
恋人の買い物に付き合わされるのが凄く大変だと嘆き、それに同意する声がしていた。
だから初め、ランにぶらりと買い物がしたいと言われた時は一瞬躊躇した。
でも、それは杞憂だった。
ランの嬉しそうな表情や、少し悩む姿、俺に意見を求めてくる姿とか、全部可愛い。
贔屓目じゃなくても、ランは綺麗だ。
それに表情はくるくると変わるから見ていて飽きない。
出会ったばかりの頃は困らせたり、悲しませたりばかりだったので、そういう表情で埋め尽くされるランに苛立ちもあった。
けど、こうやって恋人同士になった今では彼女のそういう表情は滅多に見ない。
たまーに口げんかをして、膨れられる事はあるけどそういう怒りを長く引きずらないのはランの長所だ。
「んー、淡い色よりそっちの濃い色の方がお前に似合う気がする」
たまに長い髪が煩わしいらしく、そういう時に束ねたいと言って髪飾りを真剣に選んでいた。
あまり派手過ぎず、それでいて可愛い・・・そういうものを探しているようで、なかなかランが気に入るものが見つからない。
少し悩んでは自分の髪へ近づけて俺に相談する姿は、
他の誰にも見せたくないくらい・・・可愛い。
「じゃあ、こっちにしようかな」
ゴムに赤を基調としたビーズのようなガラス細工なのか、よく分からないがそんな感じのものが散りばめられているそれを見てランは頷く。
「買ってくるからちょっと待ってて」
店員の下へと行こうとするランの肩を掴んで自分に引き戻す。
驚いて俺を見上げるランの手からそれを奪い、俺は店員の下へ向かった。
「え、ヴィルヘルムっ」
「俺からのプレゼント」
「でも・・・買い物付き合ってもらったのに」
女は高いものを買ってもらいたがって、おごって貰うのも当たり前だ。とさっき思い返した奴が言っていた。
でも、ランはそういうタイプじゃない。
たとえば、俺が飯代を出すと「次のときは私に奢らせて!」と言って、絶対譲らない。
女に財布を出させるのはどうか、と流石に思うがどうしてもと譲らない。
そんな事で喧嘩になるのは馬鹿らしいから、早々に折れることにした。
だからそれ以外の時にランが喜びそうなことをする。
「お前が身につけるものを俺が贈りたいのは俺の勝手だ」
買ってきたそれが入った包みをランに渡しながらそういうと、少し驚いたように目を見開き、それから俺の好きな笑顔を見せた。
「ありがと、ヴィルヘルム」
「・・・おう」
それからどちらからともなく手を繋ぎ、海沿いを歩く。
城下に来ると大体こんな感じに一日をゆっくり過ごす。
海を眺めるのは好きだ。
どこまでもどこまでも世界が広がっていて、俺が生きた過去とは違うと思い知らされるようで。
最初は苦しかった。
自分が何者なのか、どうしてイマここにいるのか。
もがいて駄々をこねて、わめき散らして。
それでもランは俺の隣にいてくれた。
俺のせいで人生が変わってしまったのに。
それでも、ランは俺を愛し、愛されてくれた。
「あのさ、」
「ん?」
海を見つめていたランが俺に視線を映した。
「最近、お前の持ち物・・・赤いの増えたよな」
さっきの髪飾りといい、以前俺が贈ったペンダントもそうだけど。
それ以外にも気付けば赤いものを持っている気がする。
「え、そうかな?」
「なんだよ、意識してたんじゃないのか・・・」
てっきり俺を思い出すから、とかかと期待したが違ったらしく思わず分かりやすい程に落ち込む。
そんな俺を見て、ランはくすりと笑う。
「嘘、ヴィルヘルムの事考えてたらそうなっちゃった」
ごめんね?とぺろりと舌を出して謝るのは反則だ。
そもそも、その言葉も反則だ。
「あーーー、お前は、本当に」
周りに人がいるってわかっていたけど我慢出来なかった。
乱暴にぎゅっと抱きしめた。
「苦しい、」
「あ、わり」
抱きしめる腕を緩めるとランは嬉しそうに俺の胸に耳を当てた。
「心臓の音、聞こえる」
「そりゃまぁ、生きてるし」
「ふふ、少し早い」
「うるさい」
自分の頬が熱くなるのが分かる。
好きな女を抱きしめているんだから、そうなるだろ。
「・・・でも、悪いけど俺はお前みたいに出来ない」
「え?」
何のこと?と顔を上げるランを見て、少し申し訳なくなる。
「さすがにピンクのものは使えないからな、俺」
俺の言葉を聞いて、ランは声を上げて笑った。
何がそんなに面白いんだか、分かんないけどお前がそうやって笑ってくれるんならいいや。