取り返しのつかないことをした。
彼女を傷つけてしまった。
僕はもう、彼女に会うことは許されない。
あの日、抑えが効かなくなった僕は彼女を傷つけた。
決して彼女の血から受けた影響だけではない。
あれは紛れもなく暴かれた僕のキモチだった。
里を追放され、一人で街で暮らすことになった。
これから里ではない場所で暮らしていかなければならない僕は、学校に通うことになった。
一人で生きていく術を身につけなさい、ということらしい。
彼女と接触してはならない。
それなのに、どうして僕と彼女は同じ学校になったのか。
穏やかになった日々のなか、彼女を見かけることは多々あった。
それは僕自身が無意識に探していたからだろう。
探してはダメだ、もう彼女に会ってはいけないんだから。
彼女は結局、トラ様もリュウ様も選ばず、日常を取り戻す選択をしたそうだ。
それにほっとしている自分がいて、酷く気持ち悪い。
自分には可能性がないのに、喜ぶなんてどうかしている。
忘れよう。
忘れなくちゃいけない。
僕は何度も何度も言い聞かせた。
そんなある日のこと。
いつものように彼女を探していると、見知らぬ男が傍にいた。
もしかして、恋人が出来たんだろうか。
ちくり、と胸が痛んだ。
もう追うのはやめよう。
いいきっかけだから・・・
そう思い、視線をそらそうとした時だった。
その男が彼女の腕を乱暴に掴んだ。
思ってもいない出来事に彼女も驚いたのか、表情が歪む。
気付いたら駆け出していた。
きっと彼女は驚くだろう。いや、忘れてるかもしれない。
それでもいい。
ただ、僕は彼女の役に立ちたかった。
男の手を振り払い、彼女を自分の背に隠すように割り込む。
「・・・え?巳斗・・・?」
「なんだよ、おまえ」
「あなたこそ何ですか。
彼女に触らないでください」
「は?」
目の前の男は突然介入してきた僕に不快さを隠すことなく睨みつけてくる。
僕の後ろにいる彼女が、僕の服の裾を握った。
「-っ」
どうしよう、嬉しいだなんて思ってはいけないのに。
彼女が僕を頼って嬉しいなんて。
じっと相手を見据えていると、諦めたのか舌打ちをして男は去っていった。
「・・・ありがとう、巳斗」
「いえ、その・・・すいません。あなたの前に姿を現して」
彼女は僕の前へ移動すると微笑んだ。
ああ、あの頃僕が焦がれた笑顔だ。
「どうして謝るの?私は巳斗に会えて嬉しいよ」
「・・・詩生さん」
「助けてくれてありがとう」
「僕も・・・ありがとうございます」
あなたの笑顔にもう一度会いたいと思っていた。
その笑顔が、僕に向けられなくても構わないから。
彼女が笑っていてくれればそれでいいと思っていたのに。
「・・・巳斗?どうしたの?」
「いえ、なんでもありません」
俯いた頬に一滴、涙が落ちた。