いつもじゃなくなるその時(マイアリ)

「ねえ、マイセン」

「んー?なんだ?」

いつものように兄の背中に言葉を投げる。
・・・いや、いつもではないか。シンフォニアに滞在している間・・・マイセンが秘密の館にいる間だけの『いつも』だ。
私の従者が決まって、ここを離れることになれば終わる『いつも』だ。

「あんたの初恋っていつ?」

「…どうしたんだよ、急に」

「別に。ただちょっと気になっただけ」

私が知っている頃のマイセンは誰かを好きになっていたんだろうか。
共に過ごす時間のなかで、他の誰かに心を奪われたりしていたのだろうか。
ふとそんな事を考える自分がいた。

「…さあ、いつだったかな」

振り返り、ちらりと私を見つめると何事もなかったようにフラスコを振りなおす。
緑色の液体がゆっくりと蒼色に変わっていく。
不思議な光景だ。どういう原理でそうなるのか、全く分からないけれどそういうのを見ると少しわくわくする。
マイセンは私が生まれて初めて出会った魔法使いだ。
私の国で魔法が使えない人間は私だけなのだから、その他みんな魔法使いなのは分かっている。
だけど、魔法というものが凄いと教えてくれたのはマイセンだ。
だから私にとって初めての魔法使いはこの男だ。

「大昔のことすぎて、忘れたの?」

「…ああ、そうだよ。手のかかる妹が傍にいたからそんな時間なかったかもな」

「…その妹から離れたのはあんたのくせに」

いつも一緒だった。
幼い頃私の手を握ってくれたのはマイセンだ。
他の子どもと喧嘩して泣いている私の頭を撫でてくれたのもマイセンだ。
寝付けない私に絵本を読んでくれたのもマイセンだ。
この男が私を遠ざけるようになって、どれだけ幼心にも傷ついたか分かるまい。

「なんだ、アリシア。お兄ちゃんが恋しくなったか?」

「…だったらどうするの」

蒼い液体が、赤に変わった。
マイセンは振り返らない。

「恋しくなったっていったら、久しぶりに私を寝かしつけてでもくれるの?」

振り返らない事が面白くなくて、言葉を重ねる。
なんでもいい。反応してみせて。
この男が手の届く場所にいるうちに、私は知りたい。

「…お兄ちゃん離れできないんだな、おまえは」

フラスコを机の上に置くと、マイセンは振り返った。
私が言葉を紡ぐ間もなく、座っていたソファの上に押し倒された。

「…っ、マイセン」

驚いた。
驚いて私の上にいる兄をじっと見つめる。
マイセンの顔が苦しそうに見えた。
マイセンの指が私の唇をなぞると、隙間を半ば無理やり開かせる。
何をしたいんだろう。
何をされたいんだろう。
私は抵抗もせず、兄であるこの男の動きをひたすら見つめた。

「アリシア」

ころん、と口の中に甘いものが入ってきた。

「…イチゴ味?」

「これでご機嫌は直ったか?」

マイセンがいつものように軽薄に笑った。
いつもの空気に戻ると、私はまだ上に乗っているマイセンをどけようともがいてみせた。

「重い!どけなさいよ、XXX兄!」

「俺はXXXじゃない!」

「はやく!」

「しょうがないなあ」

ようやく私の上からどけると、またフラスコを振りに戻った。
赤くなった液体を見て、マイセンはため息をついた。

「あー、やり直しだ」

「あんたって、いっつも失敗ばかりね」

「そんな事はないぞ」

「だって私が見ている限り、失敗多いわ」

「…それはそうだろうな」

「え?」

「いや、なんでもない。タイミングが悪いだけだ」

「ふーん」

いつも通りの背中。
いつも通りのマイセン。
私は、この男のことを本当は全然知らないのかもしれない。

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