グラウンドにみんなの声が響く。
きっとみんな精一杯声を張り上げているだろうに、私の耳にはなぜか比嘉先輩の声ばかりが耳に届く。
なぜか・・・じゃなくて、それは・・・うん。
視線で追うのは比嘉先輩ばかり。
私が比嘉先輩のことばかり追いかけているからなのは分かってる。
恥ずかしくなり、私は持っていたスコアブックを開いた。
「じゃあ、今日の練習はここまでだな!お疲れ様!」
「おつかれっした!」
比嘉先輩の声がグラウンドに響き、今日の練習が終わった。
練習の後、グラウンドをならすのは一年生とマネージャーである私の仕事だ。
一年生以外は着替えに部室へ戻る中、私はトンボを手に取ってグラウンドへ戻った。
やらなくていいと比嘉先輩や他のメンバーにも言ってもらったけど、私ができることはなんでもしたくて、一生懸命お願いして私もやらせてもらえることになった。
比嘉先輩が野球をする姿を見ていられるこの場所が好きだ。
だからグラウンドにも、野球部にも感謝している。
「おつかれ」
「お疲れ様です」
比嘉先輩は汗をタオルでぬぐいながら私の傍へ来ると、私の手にあったトンボを握った。
「えっ、」
「さっさと終わらせるぞ」
「これは私の仕事ですっ!だから比嘉先輩ははやく着替えて、」
「あーあー、うるせー!いいからさっさと終わらせて、たまにはキャッチボールするぞ!」
「え?」
渡すまいと強く握っていたが、その言葉に驚いて私はトンボを掴む手を緩めてしまった。
その隙を逃すはずもなく、比嘉先輩は私からトンボを奪ってにやりと笑った。
「ほら、おとなしくむこうで待ってろ」
「・・・もう!比嘉先輩の意地悪!」
言い出したら聞かない私たちのキャプテンは、それはそれは楽しそうにトンボがけをしてくれた。
みんなが身支度を済ませて帰る頃、私と比嘉先輩はキャッチボールを始めた。
「大分うまく投げられるようになったな」
「だって練習してますから!」
私が投げたボールをキャッチすると、比嘉先輩は笑った。
最初の頃は全然飛ばないし、コントロールも出来なかったけど・・・
今はようやく5メートルくらい離れてキャッチボールが出来るレベルになった。
本当はもっと離れてやるべきなんだけど、今の私にはこれが精一杯だ。
それに・・・
「あんまり上達しちまうともっと離れなきゃいけなくなるから寂しいな」
「えっ?」
言葉に気を取られ、比嘉先輩が投げたボールをキャッチし損ねそうになる。
「比嘉先輩っ!なんていったんですか!」
「なんでもねー!」
ボールを投げあいながら、そんな風に言葉を重ねる。
少しずつ、想いが募る。
「ねえ、比嘉先輩っ」
比嘉先輩に向けてボールを投げるとき、彼への気持ちを目一杯込める。
大好きだ、と強く強く想いを込める。
まだ想いを口にすることは出来ないから。
「キャッチボールするとき、この距離にしましょう!
私がすっごく上手になっても!」
「なんだ、それ」
「確定事項ですっ!」
比嘉先輩は、ボールをキャッチするとまた楽しそうに笑った。
この人は本当に野球が大好きなんだな、と思うと私も嬉しくなる。
「オマエ、キャッチボール好きか?」
投げられたボールをキャッチすると私は大きく頷いた。
「大好きですっ!」
元気いっぱいに返事すると、比嘉先輩はボールをキャッチしそこねそうになる。
まるでさっきの私みたいで可笑しい。
「おっと」
「比嘉先輩でも取り損ねそうになることあるんですね!」
「ばかっ!今のは」
「今のは?」
「・・・なんでもねー!ほら、気合いれろ!」
「はいっ」
日が沈むまであと少し。
一秒でも長く、この時間が続きますように。