魔法の言葉(千こは)

「千里くん、ありがとうございます!」
「いえ、このくらい・・・」

読みたい本が本棚の後少しで届きそうで届かないところにあって困っていると、千里くんが後ろからひょいと取ってくれた。
千里くんは優しい。私の望むことを察して、こうやって手を伸ばしてくれる。

「私、千里くんの優しいところ大好きです!」
「こ、こはるさん・・・」

目の下を少し赤くし、千里くんは視線をそらしながら本を手渡してくれた。
その本を宝物のように胸の前でぎゅっと抱き締めた。
どうしましょう。最近、以前よりもずっとずっと千里くんのことを好きだと思う瞬間が増えている気がします。

 

 

 

「こはるさん、なんだか顔がにやけてる」
「あら本当。千里と何かあったのね」
「は・・・!いえ、そんなことは!」

昼下がり。
暁人くんが作ってくれたクッキーを食べながら三人でお茶を飲んでいた。
知らず知らず顔が緩んでしまっていたようでなんだか恥ずかしい。

「あ、あの・・・私最近ちょっと変なんです」
「変?どういうこと?」
「深琴ちゃんは一月さんのこと、好きすぎて苦しくなる・・・っていうことありますか?」
「-っ!ちょ、何いって・・・」

私の言葉にあっという間に深琴ちゃんは真っ赤になってしまったけれど、私はどうしても知りたくてずいっと顔を寄せた。

「ありますか?」
「・・・そ、そんなこと」
「お嬢さんがた、可愛いこと話しちゃって、青春だね~」
「い、一月!?」
「お嬢さんが大好きな一月くんですよー」

振り返ると、一月さんがにこにこしながら立っていた。

「一月さん!あの、一月さんも深琴ちゃんのこと、」
「ごめんね、こはるちゃん。お嬢さんへの愛の言葉はお嬢さんにだけ言うようにしてるんだ」

そう言って、深琴ちゃんの手をとると恥ずかしさに顔を赤らめたままの深琴ちゃんを引き寄せて笑った。

「一月!なに人前で」
「はいはい、人前じゃなきゃいいんだもんねー!いた、いたい!お嬢さん叩かないで!」

叩かれながらも一月さんは嬉しそうな顔をしていた。
相変わらず仲良しな二人だ。

「あの、七海ちゃんも暁人くんのこと」
「暁人のこと、すっごくすき。
こはるさんの言うとおり、前よりももっと好きになってるとおもう」

七海ちゃんは穏やかな表情で、そう応えてくれた。

「これが恋なんですね」

本のなかにあった物語のように綺麗なだけではないかもしれないけど。
今、私が千里くんへ抱いている気持ちは何よりもトクベツなものだ。

 

「あれ、でも誰かが言ってなかったっけ?
好きだって言い過ぎると減るって」
「え?」

クッキーの香りにつられて現れた平士くんが何の気なしに口にした。

「減るって何が減るんですか?」
「誰だったかなー、一月かロンだった気がするけど、好きって言い過ぎると減るって。
そんな事俺はないと思うけど・・・って、こはる?聞いてる?」
「あ、はいっ!聞いてます」「乙丸さん、確証もなく適当なこと言うのは良くない」
「悪い悪い」

お皿にあったクッキーが全てなくなっても、私は平士くんの言った言葉が頭のなかでぐるぐると回っていた。

 

 

 

「・・・こはるさん、どうしたんですか?」
「いえ、なんでもないです」

そう言いながらもこはるさんは僕のことをじぃーっと見つめている。
なんだろう、視線で穴が開くならもうとっくに開いていそうだ。
こはるさんの視線の原因も分からないまま作業を続けていると、木彫りの小鳥が一羽完成した。

「はい、どうぞ」
「わあ!ありがとうございます、千里くん!」

嬉しそうに両手で受け取ると、宝物だというように胸元に寄せる。
こはるさんがそうやって僕の渡すものを喜んでくれることが嬉しい。
目があうと、心臓がトクントクンとうるさい。
こはるさんの肩に手を置き、顔を寄せると意図を察して目を閉じる。
触れるだけなのに、いつまで経っても慣れない。
たった数秒が、まるで永遠のように感じられる。

「・・・はぁ」
「・・・千里くん」
「はい、」
「わたし、千里くんのこと・・・だ、」
「だ?」
「いえ、なんでもないです」
「中途半端にするのは良くないです」
「・・・でも、」

そう。
最近こはるさんがやたら言葉を途中で切るのだ。
そして、穴があくほど僕を見るようになった。
小鳥を包んでいる両手を、僕の手で包み込む。
そして、もう一度視線を合わせる。

「こはるさん、僕に言いたいことがあるなら言ってください」
「・・・千里くん」
「言ってくれないと・・・さみしいです」

なんでも話してくれた方が嬉しいし、こはるさんのことなら何でも知りたい。
それが僕にとって良い言葉なのか、悪い言葉なのかは関係ない。

「すきです、大好きです」
「・・・え?」

そういうと、こはるさんは目を潤ませた。

「千里くんのこと、すごくすごく好きで・・・
はじめて千里くんにキスされた時よりも、今のほうがずっとずっと好きです。
でも・・・」

涙が頬を伝った。

「好きって言い過ぎると減るって聞いて・・・
もしも好きだって私が言いすぎて、千里くんが減ってしまっても嫌だし、この気持ちが減るのも嫌だし」
「こはるさん」

こはるさんの頬の涙を拭ってやり、手を握る。
こはるさんに変な入れ知恵をしたのはきっと乙丸さんか加賀見さんあたりだろうか。
そんな事は今いいとして・・・
目の前の愛おしい人をじっと見つめる。

「こはるさん、僕が減ったように見えますか?」
「いいえ・・・」
「好きだという気持ち、減りましたか?」
「そんな事ないです!千里くんのこと、大好きです!!」
「僕もこはるさんのこと、大好きです。
誰に聞いたか分かりませんが、そんなものは迷信か何かです。信じないでください。
それを信じてこはるさんが僕に・・・その、好きだっていってくれなくなる方が僕はつらいです」
「・・・千里くん、ごめんなさい」
「ゆるしません」

僕の言葉を聞いて、絶望したといった表情になる。
ああ、可愛い人だ。

「こはるさんからキスしてくれたら許します」
「-っ、そんな恥ずかしいです」
「じゃあ許しません」

あまり言ってくれなくなって寂しかったのだ。
少しだけ意地悪しても許されるだろう。決心がつかないのか、こはるさんは泣いたせいで少し赤くなった目で僕を見たり見なかったり、視線をさ迷わせる。

「こはるさん」

名前を呼ぶと、焦点が僕に定まった。

「・・・目、とじてください」
「はい」

言われるがまま目を閉じる。
・・・こはるさんも緊張しているだろうが、僕だってドキドキしてる。
こはるさんの気配が動くのを感じ、きゅっと目を閉じると唇の端に一瞬だけ触れた。

「・・・これでゆるしてください」

目を開けると、顔を真っ赤にしたこはるさんが顔を抑えていた。

「ゆるします」

ぎゅっと抱き締めると、こはるさんは安心したように息をついた。

「千里くん、好きです」
「僕もこはるさんが好きです」
「・・・やっぱり、好きって言って、好きって言ってもらえるとすっごく幸せですね!」

顔は見えないけど、多分今のこはるさんは幸せそうに笑ってるんだろう。
僕の一番好きな笑顔をはやく見たい。
けど、今赤くなった顔を見せるのはなんだか気恥ずかしいから今はもう少しこのままで。

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