いつかの別れ(宗次×琴子)

鬼が本能に近いそれで主に惹かれる。
それが怖かったんだ。
自分が自分じゃなくなるような、今まで努力して積み重ねてきたものが足元から崩れ落ちるような錯覚。
俺は怖かった。

 

 

「宗次さん」
「琴子、起きてて大丈夫なのか」
「ええ、昼間ゆっくり寝ましたから」

屋敷に戻ると、琴子が待っていてくれた。
大きくなったおなかにそっと触れると、琴子がくすりと笑った。

「初めの頃はあんなにこわごわと触っていたのに」
「-っ、いいだろう!初めてのことでどう扱っていいのか分からなかったんだ!」
「ふふ、宗次さんも少しずつお父さんの意識が芽生えてきたんですね、きっと」
「・・・そうだといいな」

琴子と結婚して数年経ち、もうすぐ俺たちは二人から三人になる。

「男の子だろうか、女の子だろうか」
「どっちでしょうね」
「男の子でも女の子でもどちらでも構わない。早く会いたいな」
「そうですね」

琴子は出会った頃より綺麗になった。
あれから数年経ち、彼女は少女から大人の女性に成長した。
俺は、変わらない。
軍人として働き、自分でいうのもなんだか立派に勤めている。
しかし、俺は鬼だ。
たかが数年じゃ俺の見た目は変わらない(背は少し伸びた気がする)
鬼と人間の間に生まれるのは、人間・・・もしくは主だ。
鬼ではない。
だから俺と琴子の子どもは、俺より先にこの世を去る。

「宗次さん?」
「ああ、悪い」

先のことを考えても仕方がないのに。
誤魔化すように微笑むと、琴子が俺の頭にぽんと手を載せた。
子どもをあやすように、その手が動く。

「宗次さん、お疲れ様です」
「ああ、ありがとう。なあ・・・少しだけ抱き締めても良いか?」
「ふふ、宗次さんは甘えん坊ですね」

くすりと笑って頷いてくれたので、俺はそっと琴子を抱き寄せた。
ふわり、と花のような甘い香りがする。
左手を重ねると俺たちが繋がっている証が見える。
いつか、この証が消えてしまうんだな。

「琴子、好きだよ」
「はい、私も宗次さんが大好きですよ」

生まれてくる子どものためにも、俺はもっと頑張らなければ。
ぎゅうっと抱き締めて、目を閉じる。
失うことを考えたら怖くて仕方がないけれど、琴子がこの手を離さないでいてくれるその日まで。

「あ、」
「どうした?」
「今、おなかを蹴りました」
「本当か!?」

慌てて、琴子のおなかに耳を寄せる。
ああ、確かに動いているのが分かる。

「おまえに会えるのを楽しみにしているよ」

出会いと別れ。
別れることは身を裂かれるように辛いけれど、出会わなければこんな幸福もなかったのだ。
だから今日も彼女を俺が出来る精一杯で愛そう。

 

生まれてくるわが子に笑顔で会えるように、俺は未来に思いを馳せた。

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