いつか君と恋をするために(空人×ほとり)

いつかの記憶。
それは遠い遠い昔-
僕が僕じゃなかった頃の記憶だ。
何もない世界にただひとり、太陽のように輝く存在がいたような気がする。

 

 

 

季節は春。
今年は受験生ということもあり、クラス替えはない。
慣れ親しんだ友人にかこまれ、いつもと変わらない日々を過ごしていた。

「なあ、空人」
「ん?なに」
「おまえ、こないだ隣のクラスの子に呼び出されてただろ?
なんで振ったんだよ」
「・・・僕、何も言ってないのにどうして振ったことになってるわけ?」
「え、OKしたのか?」
「いや、断ったけど・・・」
「だからどうして断っちゃうんだよ!彼女、欲しいだろ!」
「好きな子となら付き合いたいけど、そうじゃないなら特に良いかな」
「なんだよ、おまえ!贅沢だ!!」
「そうかなぁ」

友人からの質問に一つ一つ答えていくが、友人は腑に落ちない顔をする。
まあ、言いたいことも分かるけれど・・・
僕には僕の考えがあるというか。

「おまえ、好きな子いるわけ?」
「うーん、どうだろうな」

時々夢を見る。
懐かしいような、温かいような・・・
どんな夢だったのか、誰がいたのか、全然分からないけれど朝起きると、僕の頬はいつも涙で濡れている。
そんな夢を最近見る頻度が増えた。

 

(疲れてるのかなぁ)

父親が有名なピアニストで、世界中を飛び回っている我が家。
母親はそんな父を追いかけて、時折海外へ行くけれど僕のことを心配してできる限り家にいてくれる。
そして、父親はピアノを継がせたいという押し付けがましいことはせず、僕が弾きたい時に弾けばいいといってくれた。
幼いころはピアノを習っていたが、今はもう習っていない。
たまに趣味で弾く程度だから、そんなに上手でもない。

放課後、ほとんどの生徒は帰宅か部活へ行ってしまった校内を歩く。
珍しく誰もいない音楽室に自然と足が向いた。

夕焼けが差し込む音楽室はなんだかセンチメンタルな感じだ。
ピアノの前に立ち、鍵盤にそっと触れる。
鍵盤を押す度に単調な音が響く。
ちょっとだけ弾こうかな。
暗記している譜面を頭の中に思い描き、両手で鍵盤に触れる。
最初はぎこちない音が響くが、動かしていると自然と指が思い出すようで気付けば大好きな曲を弾いていた。

どれくらい時間が経っただろう。

ガタ、と音がして弾く手を止めると入り口のところには女の子が立っていた。

「あ、ごめん。もしかして使うのかな?」
「・・・いえ」

女の子は返事をしたかと思いきや、一筋涙を零した。

「え、どうしたの?」
「やだ、ごめんなさい。ちがうんです」

慌てて駆け寄ると、彼女は頬を紅潮させながらも涙を必死に拭おうとしていた。

「・・・っ、君は」

目をこする彼女の手を気付いたら握っていた。
セピア色の瞳が僕を見上げると、まるで夢を見た時のように懐かしくて、温かい・・・そんな感情がわきあがってきた。

「名前を」
「え」
「あなたの、名前を聞いてもいいですか」
「・・・空人」
「あきとさん・・・。どうしてだろう、なんだか凄く懐かしくて」

それは僕も同じだった。
涙を零す彼女に駆け寄ったのは、泣き止んでほしかったのに。
気付けば僕の瞳からも涙が溢れていた。

「僕も、どうしてかな。
君が凄く懐かしい」

二人で涙をこぼし、そして笑った。

 

 

 

 

 

彼女の名前はほとり。
今年入学したばかりの一年生。
部活に入っていない彼女は放課後、委員会が終わって帰ろうとしたところで、
ピアノの音が聞こえてきた為、誘われるように音楽室へやってきたのだという。

彼女も、夢を見るといった。
懐かしいような、温かいような・・・
どんな夢だったのか、誰がいたのか、全然分からないけれど朝起きると、頬はいつも涙で濡れている。
そんな夢を最近見る頻度が増えたという。

何かに引き寄せられるように出会った僕と彼女は、連絡先を交換し、一日一通だったメールのやり取りが
次第に二通、三通・・・と増えていって、気付けば『おはよう』から『おやすみ』まで繋がるようになっていた。

 

 

「なあなあ、空人。最近にやにやと誰とメールしてんだよ」
「にやにやなんか・・・」
「そういえばこないだ可愛い一年と帰ってなかった?」
「・・・黙秘権を行使します」
「ええ、なんだよ!教えろよ!!」

 

ほとりと出会って、世界が輝くようになった。
代わり映えのしない日常だと思っていたのに、彼女と出会ってから何もかもが優しく見えた。

 

「ほとり」
「あ、空人さん」

帰ろうと玄関に行くと、ちょうどほとりも帰るところだったらしい。
名前を呼ぶと嬉しそうに笑い、一緒に帰ろうと微笑んだ。

「あの・・・空人さん」

校門を出てから、ほとりは話し掛けても上の空だった。
調子が悪いのかとちらりと顔を見れば、心なしかいつもより赤い気がした。

「どうしたの?具合、わるい?」
「え!?いえ、全然!あの、その・・・」

どうにも歯切れの悪い。
無理をしているんじゃないかと思い、ほとりの額に触れてみるが

「-っ!!」
「熱はないみたいだね」「あ、空人さんっ!」
「ん?」

額に触れていた僕の手を突然両手で握り締める。
初めて出会った時のように、ほとりは俺を見上げた。

「すきです!」
「・・・え?」
「私、空人さんより年下だし、初めて会った時泣いちゃったし、妹みたいに思われてるなって分かってるけど・・・
でも、やっぱり私、空人さんのことが初めて会ったときから好きで・・・、だから、その・・・」

真っ赤な顔をしていたのは、風邪をひいたからではなくて。
泣きそうに潤んだ瞳は、勇気を振り絞ったから。
一生懸命言葉にしてくれた彼女に、何か言葉を返さなきゃと思ったのに。
気付いたら言葉よりも先に身体が動いていた。

「-っ!」

握られていた手を解くと、僕は両手で彼女の身体を抱き締めた。
多分、初めて人をこんな風に抱き締めた。
初めて触れた彼女の身体は、温かくて懐かしくて、あの夢のようだ。

「ほとり・・・ほとり、」

女の子に言わせてしまってごめん。
君が一生懸命言葉にしてくれて凄く嬉しい。
妹だなんて思っていない。
可愛い女の子だと思って意識していたに決まっている。
まるで太陽のような君を、抱き締めることが出来るなんて

「すきだよ、ほとり・・・
僕も、君に出会ったときに・・・いや、もしかしたらもっと昔から君に恋していた」

抱き締めているほとりの身体が震えた。
額を合わせると、涙を零しているほとりが笑った。

「泣かないで、ほとり」
「・・・泣いてません」
「嘘だよ、泣いてるよ」
「空人くんだって・・・泣いてるもの」

それは初めて出会った時のように。
僕たちは二人で泣いて、そして笑った。

 

 

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