甘い口付け(夏深)

夏彦はなかなか頑固だと思う。
根をつめている時は食事も睡眠も最低限しかとってくれない。
私からすればその最低限は最低限どころじゃなくて全然足りてないと思うが、長年染み付いた生活習慣なのだろう。
夏彦は倒れるギリギリのラインをいくのだ。

「どうしたら寝てくれるのかしら」

台所で夏彦に差し入れしようとホットチョコレートを作っていた。
買ってきたチョコレートをボウルに割りいれ、湯せんをして溶かす。
チョコレートは疲れに良いと聞いたので以前大量に買い込んでいたのだ。
少しでも夏彦の疲れが取れますように、と願いをこめながらチョコレートを溶かしていると突然声がした。

「それはお嬢さんが夏彦さんをベッドに誘っちゃうのが一番でしょうねー」
「きゃあああああ!!!」

振り返るとすぐ後ろに雪がいて、思わず悲鳴をあげてしまった。
するとすぐドアが勢い良く開き、駆けてくる足音がした。

「どうした、深琴!」
「夏彦・・・っ!」

まるで救世主のように夏彦がキッチンに入ってきたので私は夏彦の元へ逃げる。

「おまえ・・・!」
「いやいや夏彦さん!銃はおろしましょう!ただ話しかけただけでこの仕打ち!?」
「早く出て行け」
「うう、夏彦さんみたいな女の人がいればいいのに・・・」

よく聞こえなかったが、不穏な台詞をいって雪は出て行った。
夏彦は銃をしまうと私をそっと抱き締めた。

「大丈夫か、深琴」
「ええ、来てくれてありがとう」

抱き締められると、心臓がうるさい。
久しぶりに感じる夏彦の体温に少しほっとする。
夏彦の服の裾をきゅっと握ると、夏彦が息を飲むのが分かった。

「・・・深琴」

名前を呼ばれて顔を上げようとすると、なんだか焦げ臭い匂いに気付いた。

「きゃああ!!」

夏彦を押しのけて、コンロに戻ると溶かしていたチョコレートがこげていた。
折角丁寧に作業をしていたのに、と肩を落としながらコンロの火を消した。

「・・・はあ」
「どうかしたのか」
「ううん、なんでもないの。
あとでコーヒー淹れて持っていくわ」
「ああ、頼む」

頷くと、夏彦はキッチンから出て行った。
私の悲鳴を聞いて、駆け出してきてくれた事・・・凄く嬉しかった。
やっぱり疲れている夏彦に元気になってもらいたい。
私は気合を入れなおし、もう一度チョコレートと向き合った。

 

 

 

 

++++

「夏彦、入るわね」

ノックをして、彼の部屋に入る。
部屋に入ると、夏彦は少し目を細めるような表情で私を見た。
やはり疲れているようだ。

「はい、どうぞ」
「ありがとう・・・これはなんだ?」
「ホットチョコレートよ。疲れているときには甘いものが良いんですって」
「そうか、甘いな」

一口飲むと、夏彦はそう呟いた。
彼はそれを飲む姿を隣で見つめていると、あっという間に飲み干してくれた。

「ご馳走様、うまかった」
「良かった」
「これでもう少し頑張れそうだ」
「・・・夏彦」

立ち上がって、棚から資料を取ろうとした夏彦の背中めがけて私は勢いよく抱きついた。

「-っ!」
「・・・ね、ねぇ夏彦」

恥ずかしいが、言おう。
緊張から少しだけ声が上擦る。

「今夜・・・その、一緒に眠りたいの」
「-っ、それは・・・」
「・・・ダメ、かしら」

私の手を解くと、夏彦が振り返って私を見つめる。
熱っぽい瞳に驚くと、そのまま唇が塞がれた。

「深琴、俺もおまえに触りたかった」

そういう意味じゃ・・・と否定の言葉を紡ごうとするが、再び唇が重なり私の言葉はどこかへいってしまった。
休んでほしかったんだけど、私も夏彦に触れたかったんだということに気付かされた。

久しぶりの口づけは甘い味がした。

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