御伽噺(緋紅)

御伽噺というのは、ハッピーエンドがつきものだ。
こどもに夢を抱かせるためのものだろうからそれは当然だろう。

 

 

「君は飽きもせず本を読んでいるんだな」
「緋影くんも本好きでしょう?」

ページをめくる手を止め、彼女は僕を見て微笑んだ。
表情がくるくると変わる人だ。
閉じ込められているというのに、怯えたかと思いきや笑ったり、悲しんだり喜んだり・・・
僕は彼女の隣に腰掛け、わざとらしくため息をついてから彼女が読んでいる本をちらりと見ると、随分古びていた。

「どういう話なんだ、それは」
「これは茨姫だよ。
お姫様が魔女の魔法にかかって100年眠りについちゃうの」
「ほぉ。百年か」「100年経ったある日、隣国の王子様がお姫様のもとを訪れてキスをするとね、
ずっと眠っていたお姫様が目を覚ますの。
それで二人は結ばれて、幸せに暮らしましたっていうお話」
「いかにも女性が好きそうな話だな」
「そうかな?」
「だってそうだろう。
もしも僕なら目を覚ましたとき、見知らぬ奴が目の前にいたらまず警戒する。
次に百年も時が経っていたら幸せに暮らしました、なんてすまないだろう。
君だってここで目を覚ました時、不安だっただろう?」

眠り姫と違って彼女は記憶を失っていた。
自分がどこの誰か、なんという名前か、年齢は。家族は。
今までの自分を形成する全てのものを失ったというのに。
そんな御伽噺を楽しそうに読む気持ちが理解できない。

「うーん・・・そうだね。
館で目を覚ましたとき、すっごく不安だったけど・・・」

あの日のことを思い出すためか、彼女は目を閉じた。
男の前で目を閉じるなんて無防備も良いところだ。

「でも、緋影くんに会えた時安心したよ。
だからきっと眠りから目覚めたお姫様も安心したんじゃないかな」「-っ」

にこりと笑って、彼女は本を閉じると僕に差し出してきた。

「緋影くんも読んでみて、面白いから」
「・・・あ、ああ」

僕がそれを受け取ると、彼女は嬉しそうに頷いた。

「君も・・・その、迎えに来てくれる王子様を待っているのか?」
「え?」
「この物語のお姫様のように・・・」

なぜだか切迫した想いが胸の内に生まれた。
声が掠れないように慎重に言葉をつむぐ。

「私はお姫様じゃないから待ってないよ。
それにみんなで一緒に出られれば、ハッピーエンドだよね!」
「・・・ああ、そうだな」

ハッピーエンドなんて待っていない僕たちが見たささやかな夢。
震えそうになる手を強く握った。

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