「千里くん」
隣で僕の作業風景を見守っていったこはるさんが意を決したように口を開いた。
僕はこはるさんに贈るための木彫りのうさぎを作る手を止めて顔をあげた。
「どうかしました?こはるさん」
「・・・それです」
「え?」
「千里くんはなんで『こはるさん』って呼ぶんですか?」
「それは、こはるさんが年上だから・・・」
こはるさんにしては珍しく不満げな表情で僕をじぃっと見つめる。
その視線に耐え切れなくなり、僕はこはるさんときちんと向かい合うように姿勢を正した。
「こはるさん・・・急にどうしたんですか?」
「七海ちゃんの方が年下ですけど、七海ちゃんは暁人くんのことを暁人って呼んでます。」
「そ、それは・・・二人は付き合っているから」
「私と千里くんも、付き合っています」
「・・・それはそうです」
こはるさんが何を望んでいるのか、分かった。
つまり・・・自分も呼び捨てにしてほしいんだということ。
「・・・こはるさんだって僕のこと、千里くんっていうじゃないですか」
「千里くんは千里くんだからです!」
「僕にとってこはるさんはこはるさんです」
「・・・分かりました」
そこまで悲しそうにしなくてもいいんじゃないかというくらいこはるさんはしゅんとなってしまった。
僕だって呼びたくないわけじゃない。
もう癖になってしまったということもあるけれど、気恥ずかしいという気持ちが強い。
「こはるさん、これ」
こはるさんの手をとると、出来上がったうさぎの木彫りを3つ乗せた。
「可愛い・・・千里くんはやっぱり器用ですね」
ちょこんと乗ったうさぎを見て、ぎこちなくだけど笑ってくれた。
そんな顔をさせたいわけじゃないのに。
素直に望むことをしてあげたいし、もっと喜んでもらいたい。
一度息を深く吐きだしてから、ぐっと吸い込んだ。
「こはる」
若干声がかすれてしまったけど、ようやく言葉に出来た。
こはるさんは驚いて顔を上げると、僕の好きな笑顔を見せてくれた。
「はい!なんでしょう、千里くん!」
「その、年上だからあなたにさん付けしているわけじゃないんですけど。
癖になってしまったものはなかなか抜けなくて、でも、あなたが喜んでくれるなら・・・
もう少し頑張るようにしてみます」「はい!私も、頑張ります!
一緒に頑張りましょう!」
こはるさんは何を頑張るんだろうか。
でも嬉しそうに笑うこはるさんを見たら、もう少し頑張ってみようかなと思った。