朝日(宗次×琴子)

ああ、朝が来る。

 

 

 

嶽屋さん・・・じゃなかった、宗次さんが戻ってきてくれて、卒業が決まって。
慌しく日々は過ぎていき、明後日には卒業だ。
いつものように女子寮の前まで送ってくれた宗次さんをお茶に誘う。
彼もそれを了承して、私の部屋を訪れた。

「ふふ」

二人分の紅茶をいれ、カップを宗次さんの前に置く。
慣れた手つきで宗次さんは蜂蜜をすくい、紅茶に落とす。
琥珀色の蜜が紅茶に溶け込む様子を見るのはなんだかキラキラとして楽しい。

「どうした?琴子」
「いえ、宗次さんが初めて部屋に来たことを思い出していました」

あの時は離れがたくて、もう少し一緒にいたくて部屋に誘ってみたものの・・・
自分の部屋で二人きりという空間に慣れなくて、互いにとても緊張していた。

「それを思い出して笑うことないだろう」
「ふふ、そうですね」

紅茶に何も入れないで飲むのが一番好きだったはずなのに。
宗次さんが紅茶に蜂蜜を落として飲むのを気に入ってくれたおかげで私も同じようにして飲むようになった。
紅茶を一口飲みながら宗次さんをちらりとうかがう。
一年近く会わないでいたからだろう。
宗次さんが大人びて見えてしまう。
きっと彼は喜ぶだろうけど、私としては少しだけ寂しい。

「どうした?」
「いえ、なんでもないです」
「・・・あんたは秘密が多すぎる」

そうだ、私が内心を吐露しないことに宗次さんはこうやって拗ねるのだ。
不貞腐れたように目を伏せる様子は以前と変わらなくて、ちょっとだけ安心する。
手を伸ばし、彼の頬に触れてみる。

「宗次さんが私の元に帰って来てくれたんだなぁと思うと、嬉しくて幸せをかみしめてました」
「・・・っ」

頬に触れている手に、宗次さんの手が重なる。
私たちが繋がっているという証が重なる。
寂しい時、この刻印を見つめた。
私と宗次さんは繋がってる。だからきっと大丈夫だと。

「やっぱりこうして触れられる距離にいると、嬉しいですね」
「琴子・・・あんまり可愛いことをいわないでくれ」

伏せていた目が、私を捉える。
その瞳は少し切羽詰ってみえて、それだけで私の心臓は跳ねる。

「あんたに触れていいか」
「え、と・・・だめです」
「どうして」

触れていた私の手をとり、自らの口元へ持って行く。
手の甲・・・証にそっと口付けが落ちる。
くすぐったくて、もどかしくて、恥ずかしい。
部屋の室温がぐっと上がったんじゃないかと思うくらい私の身体は熱くなる。
宗次さんに触れられるだけで、どうしてこんなに反応してしまうんだろう

「恥ずかしいです・・・なんだか、」
「でも、俺は琴子に触れたい」

強請るように指へ舌が這う。
手を引っ込めようとしても、強く引かれてしまって敵わない。
本気で拒んでいるわけじゃないのが伝わっているんだろう。
私が本気で嫌だと思っていたら、宗次さんはこれ以上仕掛けてこない。
おそらく、煽ったのは私もだから。

「それでしたら・・・抱き締めてください」
「・・・ああ」

宗次さんが席を立ち、私に近づく。
私の腰に手をまわし、そっと立ち上がらせてくれる。
壊れ物を扱うみたいに優しく抱き寄せられる。

「もっとぎゅっとしてください」

宗次さんの背中に自分の手をまわし、きつく抱き締めてと強請る。
私達の間には、距離がなくなった。
それがどうしようもなく嬉しい。

「宗次さん、大好きです」
「俺も、琴子が好きだ」

誓うように優しい口付けが落ちる。
二人の夜が、始まる。

 

 

 

 

 

 

 

「ん・・・」

瞬きをしつつ、眠い目をこする。
隣にあるぬくもりに、ほっと息を吐く。
離れている間、何度も夢を見た。
琴子に会いたいと思いながら、何度も何度も文を出そうとする自分を押し留めた。
彼女を迎えにいくまで、中途半端なことはできない。
会いたくてもぐっと堪えて、その分打ち込んだ。
きっと寂しい思いをさせてしまっているだろう。
だけど・・・きっと待っていてくれる。
そして、彼女は待っていてくれた。
久しぶりに会った俺を涙をこぼしながら迎えてくれた。琴子と出会ったこの場所とも、もうすぐお別れだ。
それが、少しだけさみしいというのも嘘じゃない。

「琴子・・・」

まだ隣で眠る琴子の髪にそっと触れる。
あどけない寝顔だ。
ぐっと来るものがあるが、今日は琴子が目を覚ますまで一緒にいてやりたい。
以前、あまりに可愛くて何かしてしまいそうな自分を抑えるために部屋から逃げ出した。
だから今日は、

「・・・朝日か」

カーテンの隙間から朝日が差し込む。
ああ、なんて綺麗なんだろう。

これから琴子と生きる未来には、楽しいことばかりじゃないのは分かっている。
苦しいことだって、泣きたくなることだってあるだろう。
琴子が・・最期を迎えるときに幸せだったと笑ってくれるような未来にしたい。

世界がまるで、俺たちを祝福してくれてるような朝日だった。
二人の未来が、もうすぐはじまる。

 

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