初めての恋。
他でもない貴方に恋をしたことが、私にとっての幸福。
央、貴方を愛することができて私はとても幸せよ。
「おかえりなさい、央」
「ただいま、撫子ちゃん」
玄関まで迎えにいくと央は安心したように笑った。
「ごめん、ちょっとだけ充電していい?」
「え?」
返事を聞かないで、そのまま私をきゅっと抱き締める。
甘えるように肩に顔を埋めると、はぁーっと息を吐いた。
今日、何かあったんだろうか。
央の背中をぽんぽんとすると私を抱きしめる腕の力が強まった。
「ねえ、央」
「ん、なぁに」「部屋に入らない?玄関じゃ身体冷えちゃうわ」
「・・・俺、余裕ないね」
抱き締める腕が緩むと央が照れ笑いを浮かべた。
「今日もお疲れ様、央」
「うん、撫子ちゃんもお疲れ様」
央が帰ってくるとこうやってお互いの一日を労うのが毎日の日課になっていた。
私は家のことを頑張って、央は外で頑張る。
何時に帰ってくるか定かじゃない央は夕食を先に済ませていて良いといったことがあった。
私はそれをどうしても受け入れられなかった。
だって食事は一緒に食べるから美味しいと感じるんだもの。
だからどんなに遅くなっても夕食は一緒に食べたいと央に懇願した。
最初は私を心配してなかなか首を縦に振ってくれなかったが、根負けして了承してくれた。
『撫子ちゃんには一生敵わない気がしてます』
照れたように頬をかいて笑う央が、ひどく愛おしかった。
「そういえば最近少し帰り、遅いのね?」
「あー、うん。そうなんだよね、有心会に顔出すとトラくんにつかまったり色々あるんだよね」
「ふふ、そうなんだ」
「待たせちゃってごめんね。いつもありがとう」
「ううん。さ、食べましょう」
「いっただきまーす!」
央は嬉しそうに両手をあわせると、それから食べ始めた。
この瞬間が一番幸せかもしれない。
それからしばらくの間、央の帰りが遅いことが増えた。
やっぱり少し寂しくて気晴らしに買い物帰りに有心会へ立ち寄った。
「おお、撫子ではないか」
「こんにちは、終夜」
「お嬢、ふらふらしてると危ないんじゃないのか?」
「少し寄っただけよ。それより終夜、楓。大福買ってきたから食べましょう」
「おお!それはかたじけない。
楓、さっそく茶の用意だ!」
「あー、はいはい。分かりましたよー」
楓が煎れてくれたお茶を飲みつつ、大福をみんなでつまむ。
他愛のないことを話していると、やっぱり落ち着く。
終夜のゆったりしたところとか、それに対して楓がつっこむ姿とか、そういうのを見ていると和むなぁ。
微笑ましく見つめていると、口の端に大福の粉をつけたままの終夜が思い出したように口を開いた。
「そういえば、央とのけ・・・」
「ああああ!!!殿先生!!!!大福が!!」
一つ残っていた(というかトラの分)をなぜか楓が勢いよく終夜の口に詰め込んだ。
「え、と・・・楓、どうしたの?」
「いや、なんでもねぇ!!最近殿先生ちょーっとおかしいからな!あははは!」
「・・・?」
「あー、と!それよりお嬢!もう帰った方が良いんじゃないか?
送っていってやるよ!」
「あ、ありがとう。終夜、だいじょうぶ?」
大福を目一杯口に頬張った終夜はこくりと頷いて無事を教えてくれた。
そんな終夜を残し、私は言われるがまま楓に送ってもらった。
(・・・さっき、央って言ったわよね?なんだったんだろう)
央が帰ってきたら聞いてみようかしら。
でも、楓が露骨に誤魔化したから触れちゃいけないことなのかもしれない。
楓に家まで送り届けてもらい、家のなかへ入ると央の靴がそこにはあった。
「央・・・?」
「あ、おかえりー撫子ちゃん」
驚いて部屋へと駆けて行くと央がキッチンで鼻歌交じりに料理をしていた。
買い物袋を持ったまま隣へいくと、美味しそうな香りがする。
「どうしたの?こんなにはやく」
「最近いっつも遅いから、たまには撫子ちゃんに僕の手料理を振舞いたいなーって思ってたわけです」
「ありがとう、央」
「こちらこそ、いつもありがとう。撫子ちゃん」
見つめ合って微笑みあう。
央のそういう優しいところに、惹かれる。
私は周囲の人に央みたいに優しくできないから央のそういう部分素敵だな、と思う。
「今ね、終夜と楓とお茶をしてきたんだけど、終夜となにかあった?」
「え?」
手を洗い、食事の支度を手伝いながらふとさっきの疑問を口にした。
「あー、こないだちょっと話したけど、たいしたことじゃないよ?」
「そうなの、それなら良いんだけど」
聞かれたくない、と顔に書いてあった。
楓の誤魔化しもあったし、これ以上詮索しないほうが良いだろう。
私は別の話題を持ち出した。
央は少し安心したような顔をしていた。
それから数日経ったある日のこと。
「撫子ちゃん、時雨さんが用事あるっていってたよ」
央にそういわれて、私は有心会を訪れていた。
「時雨さん、私に用事って」
「ああ、来たんだね。わたしが用事っていうか、まぁ・・・うん。
ちょっとこっちへおいで」
手招きされ、大人しく従う。
移動した先は時雨さんの部屋だった。
「・・・これって」
「ああ、あんたのヒーローからお願いされたんだ」
この世界で生きると決めてから、ここは私の居場所になった。
あの日から幾許の時が流れ、央との想い出は少しずつ積み重なっていった。
けれど、私たちの思い出の場所といえばここしかないだろう。
白のマーガレットが咲き誇る場所で、彼は私を待っていた。
「央」
私が名前を呼ぶと、央は振り返って微笑んだ。
「撫子ちゃん。うん、やっぱり似合うね」
私が纏っている純白のドレスをみて満足げだ。
央が着ているのも白のタキシード。
時雨さんの部屋でこのドレスを見せられたときは驚いて呼吸をするのを忘れてしまいそうだった。
私のために、央が用意をしてくれたという。
最近帰りが遅かったのはこれのためだったということも時雨さんが教えてくれた。
「央も・・・とっても素敵よ」
央は立ち止まったまま動かない。
きっと私が歩いてくるのを待っているんだろう。
だから私はそれにこたえるように一歩一歩と歩んだ。
この世界を、央と一緒に生きていくと決めたときー私の心はまだ幼かったかもしれない。
幼い恋心を、ここまで育て上げたのは目の前の最愛の人だ。
「央・・・」
央のもとへたどり着くと、彼は真剣な瞳で私を見つめた。
私の手をとり、口元へ運ぶ。
「撫子ちゃん、僕のお嫁さんになってくれますか?」
ちゅ、と手の甲にキスが落ちる。
それだけで心臓が跳ねる。
「ふふ、もうあなたのためにウェディングドレスを着ているのに・・・」
断るわけがないじゃない。
央の言葉が嬉しくて嬉しくて・・・うまく言葉が続かない。
だから言葉に出来ないかわりに私は小さく頷いた。
「ありがとう、撫子ちゃん」
「央・・・っ、」
ぎゅっと私を抱き締めると指と指を絡めるように手が重なる。
手の甲に落としたようなキスを、額と頬にも落とし、それからそっと唇にキスが落とされた。
「・・・ずっとずっと一緒にいようね、撫子ちゃん」
「ええ、約束よ。央」
まるで私たちを祝福するみたいに、柔らかな風が吹いた。
そのなかで私たちはもう一度唇を重ねた。
-夫婦になって、数ヶ月が経った。
いつものようにソファに寄り添っているとき、私はようやく口を開いた。
「ねえ、央」
「なあに?撫子ちゃん」
「その、安産祈願のお守りなんだけど・・・貸してもらえないかしら」
「いいけど、どうかした?」
不思議そうな顔をしている央の手を取り、そのまま私のおなかへともっていく。
私の言いたいことを悟った央が驚いたように目を見開いた。
「・・・もしかして」
「うん」
「撫子ちゃん・・・っ」
ぎゅっときつく抱き締められる。
央の背中に手を回し、彼の肩に顔を寄せた。
ぐす、と鼻をすするような音がしたのでそっと背中をさする。
「・・・っん、ありがとう、撫子ちゃん」
「ふふ、私もありがとう。央」
あなたのお父さんは、あなたがおなかにいるって知った時に泣いて喜んでくれたの。
遠くない未来に会えるわが子に、その話をしてあげたい。
そして、あなたのお父さんは私のヒーローなのよ、と自慢しよう。
「だいすきよ、央」
私は今、とても幸せだ。